Saturday, January 31, 2004
1月30日(金曜日)
見えない、行政の目指すホームレスの自立
晴れ、最低気温3度、最高気温11度。
朝、外が明るさを増すごとに、ガラス越しに暖かさが届く。今日も穏やかな一日を予感させる、爽やかな朝が訪れた。
毎日歩く国道一号線。ふと気付けば、天気の良い日には必ず陽の当たる側を歩いている。わざわざ広い国道を横切ってまで陽光を追う。歳をとるということはこんなものなのか、と自分の何気ない行動に驚く。
8時45分、営業開始時間の前にりそな銀行を訪問する。そう言えば、最近りそな銀行の対応が何となく良くなったように感じる。公的資金投入後、半国営になったせいか、単に担当者の個性に由来するのかは定かではないが、気分良く一日のスタートを切れるのは嬉しい。まてよ??半国営になって、却って対応が良くなるというのは、何か逆のような気もするが・・・
午後から合間を見て、プランの見直しと詳細の詰めを行う。
そう言えば、この事業を、行政の用語に合わせて何気なく「ホームレス自立支援事業」としてきたが、「自立とは何か」について十分な検討をしたことはない。
自立とは何かを広辞苑でひくと、「1.他の力によらず自分の力で身を立てること。ひとりだち。2.他に属せず自主の地位に立つこと。独立。3.自ら帝王の位に立つこと。」とある。とすると、「ホームレスの自立の支援」というテーマ掲げるということは、ホームレスと呼ばれる人たちは「自立していない」ことが前提となる。行政の作成した、「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の中には、どのような状況をもって自立とするのかについて明確に示されていない。この基本方針の、第3「ホームレス対策の推進方策、1.基本的な考え方」の項で、「特に、ホームレス対策は、ホームレスが自らの意思で安定した生活を営めるように支援することが基本である。このためには、就業の機会が確保されることが最も重要であり、併せて、安定した住居の場所が確保されることが必要である。云々」としている。ホームレス対策において、就業の機会の確保が最重要事としていることに異論を差し挟む気は毫もない。しかし、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」の中の年齢分布によれば、50歳を越えているものが80.4%。その内、60歳以上が35.2%も居るのである。ハローワークに列をなしている一般の求職者でさえ、容易に就業機会に有り付けない現状において、果たして「ホームレス」のレッテルを貼られている、それも高齢者に分類される年齢の人たちに、就業機会を与えることができると、お役人たちは本当に考えているのだろうか。それとも、未だ公表はしていないが、何か秘策があるのだろうか。是非とも知りたいものである。
何よりも、この支援を実行するとき行政は、どういう基準や方法で支援の対象となるホームレスを特定するのであろうか。小生の知る限りにおいては、周りからホームレスと見られていても、自分はホームレスであると認めない者は結構多い。彼らは、未だプライドを堅持し、決して行政が行っているホームレス対策の仕組みには近寄ろうとさえしないのである。また、先の「全国調査報告書」にもあるように、その多寡を別にすれば「現在収入のある仕事をしている」と答えた人が64.7%も居るのである。この人たちは少ない収入のうえに、一般認識で言う安定した居住の場所を持っていない。多分将来への蓄えもほとんど無いだろう。その上、清潔な身なりも整えてはいない。しかし、それだけで「自立していない」と言うべきなのだろうか。少なくとも、若者の一部に見られる「パラサイト」生活よりは、はるかに自立して生きている。
行政が対応する場合、どうしても「平等」という呪縛から抜け出せないだろう。今、行政に望むことは、民間の新規雇用創設を積極的に支援するとともに、どのような条件に適合する者を「ホームレス」であると認定し、それらの者の雇用に対しどのような支援をするのかを明確に示すことである。そうしなければ、自治体の福祉予算から毎年何百億円かの支出を強いられることになりかねない。
業務の合間にホームレス問題を考えていると、憂鬱感だけが抑えても抑えても次々に生まれ、成長する。何か楽しいことを考えなければ、エネルギーを維持できそうにない。5時半に最後の来客を向かえる。花の金曜日だというのに、帰宅は11時過ぎ。もっともっと時間が欲しい。そして資金も・・・
見えない、行政の目指すホームレスの自立
晴れ、最低気温3度、最高気温11度。
朝、外が明るさを増すごとに、ガラス越しに暖かさが届く。今日も穏やかな一日を予感させる、爽やかな朝が訪れた。
毎日歩く国道一号線。ふと気付けば、天気の良い日には必ず陽の当たる側を歩いている。わざわざ広い国道を横切ってまで陽光を追う。歳をとるということはこんなものなのか、と自分の何気ない行動に驚く。
8時45分、営業開始時間の前にりそな銀行を訪問する。そう言えば、最近りそな銀行の対応が何となく良くなったように感じる。公的資金投入後、半国営になったせいか、単に担当者の個性に由来するのかは定かではないが、気分良く一日のスタートを切れるのは嬉しい。まてよ??半国営になって、却って対応が良くなるというのは、何か逆のような気もするが・・・
午後から合間を見て、プランの見直しと詳細の詰めを行う。
そう言えば、この事業を、行政の用語に合わせて何気なく「ホームレス自立支援事業」としてきたが、「自立とは何か」について十分な検討をしたことはない。
自立とは何かを広辞苑でひくと、「1.他の力によらず自分の力で身を立てること。ひとりだち。2.他に属せず自主の地位に立つこと。独立。3.自ら帝王の位に立つこと。」とある。とすると、「ホームレスの自立の支援」というテーマ掲げるということは、ホームレスと呼ばれる人たちは「自立していない」ことが前提となる。行政の作成した、「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の中には、どのような状況をもって自立とするのかについて明確に示されていない。この基本方針の、第3「ホームレス対策の推進方策、1.基本的な考え方」の項で、「特に、ホームレス対策は、ホームレスが自らの意思で安定した生活を営めるように支援することが基本である。このためには、就業の機会が確保されることが最も重要であり、併せて、安定した住居の場所が確保されることが必要である。云々」としている。ホームレス対策において、就業の機会の確保が最重要事としていることに異論を差し挟む気は毫もない。しかし、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」の中の年齢分布によれば、50歳を越えているものが80.4%。その内、60歳以上が35.2%も居るのである。ハローワークに列をなしている一般の求職者でさえ、容易に就業機会に有り付けない現状において、果たして「ホームレス」のレッテルを貼られている、それも高齢者に分類される年齢の人たちに、就業機会を与えることができると、お役人たちは本当に考えているのだろうか。それとも、未だ公表はしていないが、何か秘策があるのだろうか。是非とも知りたいものである。
何よりも、この支援を実行するとき行政は、どういう基準や方法で支援の対象となるホームレスを特定するのであろうか。小生の知る限りにおいては、周りからホームレスと見られていても、自分はホームレスであると認めない者は結構多い。彼らは、未だプライドを堅持し、決して行政が行っているホームレス対策の仕組みには近寄ろうとさえしないのである。また、先の「全国調査報告書」にもあるように、その多寡を別にすれば「現在収入のある仕事をしている」と答えた人が64.7%も居るのである。この人たちは少ない収入のうえに、一般認識で言う安定した居住の場所を持っていない。多分将来への蓄えもほとんど無いだろう。その上、清潔な身なりも整えてはいない。しかし、それだけで「自立していない」と言うべきなのだろうか。少なくとも、若者の一部に見られる「パラサイト」生活よりは、はるかに自立して生きている。
行政が対応する場合、どうしても「平等」という呪縛から抜け出せないだろう。今、行政に望むことは、民間の新規雇用創設を積極的に支援するとともに、どのような条件に適合する者を「ホームレス」であると認定し、それらの者の雇用に対しどのような支援をするのかを明確に示すことである。そうしなければ、自治体の福祉予算から毎年何百億円かの支出を強いられることになりかねない。
業務の合間にホームレス問題を考えていると、憂鬱感だけが抑えても抑えても次々に生まれ、成長する。何か楽しいことを考えなければ、エネルギーを維持できそうにない。5時半に最後の来客を向かえる。花の金曜日だというのに、帰宅は11時過ぎ。もっともっと時間が欲しい。そして資金も・・・
Friday, January 30, 2004
1月29日(木曜日)
自立には地域社会の理解が不可欠
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
最近、テレビでも新聞でも、民主党の新人議員の学歴詐称疑惑を取上げている。確かに、事実と異なる経歴を標記したことは公職選挙法に抵触するだろうし、決して良いことではないだろう。しかし、詐称した方もそれを追及している方もそうであるが、国会議員と言う職責を担うのに学歴がそんなに重要なことなのかは疑わしい。だいたい福岡の選挙民は、学歴に重きを置いて彼を選んだのではあるまいに。
ビジネスの世界で言えば、学歴なんてものは贈答品の包装紙程度の価値しかない。一般には、最初に目にした時例え中身が同じ酒だとしても、一流デパートの包装紙に包まれた物と近所の酒屋さんの包装紙に包まれた物とでは、受け取った側の認識が異なるのは確かである。しかし、いざそれを飲もうとした瞬間に包装紙は破かれ捨てられる運命。後は中身その物の評価だけが残る。人間の場合でも、入社試験を実施する段階での能力評価は難しいので、多くの企業が表向き否定しているものの、学歴という指標(包装紙)に一定の価値を持たせている。しかし、組織の中に入ってからは、基本的には実力の世界。折角の立派な包装紙も、顧みられることは少ない。人間を包んでいる包装紙!銀杏のマーク、蛇のマーク、ペンのマークに稲穂のマーク・・・。う〜ん、されど学歴、されど包装紙といったところだろうか。
しかし、日本人の想念の中に存在している「ケガレ、穢れたもの」という区分意識は、学歴のように必要なシーンにおいてのみ意識されるものと異なり、随時頭をもたげ非合理的差別の正当化をする。よく、「日本は単一民族で構成され、人種によるものを始めとする差別がない」などと言われるが、潜在的に数多くの差別が存在していることは否定できない。問題なのは、その差別意識が個々人の意識の中にあり、古代から日本人の頭脳に刷り込まれた宗教のような存在だからである。汚い物に触ると、「よごれた」と感じる場合と「ケガレた」と感じる場合があり、穢れるのを極端に嫌うのも日本人の特性でもあるようだ。このことは、「お祓い」や「禊(みそぎ)」という行為が、日常生活に定着していることからも窺い知ることができる。
このような日本人社会を考えると、「ホームレス生活を卒業して社会復帰を果たした」という経歴もまた、何処までもついて回わり、元ホームレスに対し障壁となるのではないか、という点が心配になる。同和問題が未だに存在しているように、支援と努力で自立を果たしても、「元ホームレス」のマークが、消えることの無い刺青のように残り、新たな差別の要因になりはしないだろうか。これらのことが、仕組みの問題ではなく心の問題であるだけに、容易に解決することとは思えない。何か、自立するホームレスに対し「お祓い」や「禊」、あるいは、ロンダリングの方法を見つけなければなるまい。
今日は結構忙しい一日だった。午前中は高田馬場、昼を挟んで渋谷へ。その後は田町に戻り、りそな銀行と打ち合わせ(ひたすら、お願い)。事務所に帰って再び資料作り。結局事務所を出たのが9時過ぎ。よく働いていると自分で感心する。
帰り道で新しい疑問が一つ。何気なく夜の運河をすかして見ていたら、鴨が5〜6羽波間に漂っているのが見える。はて、鴨は鳥なのに「鳥目」ではないのかな?なんて、気楽なことを考えながら家路を急ぐ。
自立には地域社会の理解が不可欠
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
最近、テレビでも新聞でも、民主党の新人議員の学歴詐称疑惑を取上げている。確かに、事実と異なる経歴を標記したことは公職選挙法に抵触するだろうし、決して良いことではないだろう。しかし、詐称した方もそれを追及している方もそうであるが、国会議員と言う職責を担うのに学歴がそんなに重要なことなのかは疑わしい。だいたい福岡の選挙民は、学歴に重きを置いて彼を選んだのではあるまいに。
ビジネスの世界で言えば、学歴なんてものは贈答品の包装紙程度の価値しかない。一般には、最初に目にした時例え中身が同じ酒だとしても、一流デパートの包装紙に包まれた物と近所の酒屋さんの包装紙に包まれた物とでは、受け取った側の認識が異なるのは確かである。しかし、いざそれを飲もうとした瞬間に包装紙は破かれ捨てられる運命。後は中身その物の評価だけが残る。人間の場合でも、入社試験を実施する段階での能力評価は難しいので、多くの企業が表向き否定しているものの、学歴という指標(包装紙)に一定の価値を持たせている。しかし、組織の中に入ってからは、基本的には実力の世界。折角の立派な包装紙も、顧みられることは少ない。人間を包んでいる包装紙!銀杏のマーク、蛇のマーク、ペンのマークに稲穂のマーク・・・。う〜ん、されど学歴、されど包装紙といったところだろうか。
しかし、日本人の想念の中に存在している「ケガレ、穢れたもの」という区分意識は、学歴のように必要なシーンにおいてのみ意識されるものと異なり、随時頭をもたげ非合理的差別の正当化をする。よく、「日本は単一民族で構成され、人種によるものを始めとする差別がない」などと言われるが、潜在的に数多くの差別が存在していることは否定できない。問題なのは、その差別意識が個々人の意識の中にあり、古代から日本人の頭脳に刷り込まれた宗教のような存在だからである。汚い物に触ると、「よごれた」と感じる場合と「ケガレた」と感じる場合があり、穢れるのを極端に嫌うのも日本人の特性でもあるようだ。このことは、「お祓い」や「禊(みそぎ)」という行為が、日常生活に定着していることからも窺い知ることができる。
このような日本人社会を考えると、「ホームレス生活を卒業して社会復帰を果たした」という経歴もまた、何処までもついて回わり、元ホームレスに対し障壁となるのではないか、という点が心配になる。同和問題が未だに存在しているように、支援と努力で自立を果たしても、「元ホームレス」のマークが、消えることの無い刺青のように残り、新たな差別の要因になりはしないだろうか。これらのことが、仕組みの問題ではなく心の問題であるだけに、容易に解決することとは思えない。何か、自立するホームレスに対し「お祓い」や「禊」、あるいは、ロンダリングの方法を見つけなければなるまい。
今日は結構忙しい一日だった。午前中は高田馬場、昼を挟んで渋谷へ。その後は田町に戻り、りそな銀行と打ち合わせ(ひたすら、お願い)。事務所に帰って再び資料作り。結局事務所を出たのが9時過ぎ。よく働いていると自分で感心する。
帰り道で新しい疑問が一つ。何気なく夜の運河をすかして見ていたら、鴨が5〜6羽波間に漂っているのが見える。はて、鴨は鳥なのに「鳥目」ではないのかな?なんて、気楽なことを考えながら家路を急ぐ。
Thursday, January 29, 2004
1月28日(水曜日)
穢れの思想は未だに健在
晴れ、最低気温2度、最高気温11度。
今朝最初の約束は高田馬場。何時もよりゆっくりと家を出る。それでも時間に余裕がありそうなので、品川から五反田、さらに時間が有れば目黒駅の辺りまで歩いてみよう。何処かでホームレスと出会い、その生活の一端を垣間見ることができるかも知れないから。
そう言えば、先に発表された、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書(平成15年3月)」の中では都内のホームレスの分布が見えなくなっている。偶然なのか、何か意図があってのことか?平成13年9月の調査では、区ごとにホームレスの人数が明記されていた。品川区に44人、港区に122人、目黒区に23人と。区よってばらつきは有ったが、23区のすべてにホームレスは存在している。これから歩くのは、品川区と目黒区で、これまで一度も見て歩いていない地域である。国道1号を品川駅近くまで行き、八ツ山橋を左に曲がって、ソニーの本社前を通って五反田駅へ。さらに、線路脇の細い道路を進んで目黒駅に到着。家を出てから約1時間半の徘徊。通る道の多くは、通勤の人波で肩も触れんばかりの混雑地帯。彼らが入り込む余地がないせいか、一人のホームレスすら見かけない。ま、もともとホームレスの過疎地域には違いないが、五反田には小さいながらも繁華街があり、出会っても不思議ではなさそうなのだが?
昼前には打ち合わせを終え帰社。以降は事務所で過す。
最近、少しばかり気になっていることがある。「中古事務用家具のリサイクル事業」に、ホームレスを作業員として採用するという当社の事業計画を話すと、若い女性から「ホームレスが触った物は絶対触りたくない」という反応が多数あったことである。このプロジェクトで作業をする予定の人たちは、「元ホームレス」ではあってもホームレスではない。さらに言うなら、採用を予定しているホームレスの多くは、1年ほど前までは普通のサラリーマンとして暮らしていた人たちなのである。彼女たちが思い描くホームレス像が、身にはぼろをまとい汚れた格好で徘徊しているイメージであることを考えれば、やむを得ないことなのかも知れない。重要なのは、若い女性だけでなく、日本人の多くが同じ感情を持っているのではないか、という心配である。井沢元彦氏の言う「ケガレ」の思想が、多くの日本人の心の襞に潜んでおり、時として頭をもたげるのか?いずれにしても、この感性がプロジェクトの前に立ちふさがる大きな障壁を築かないことを祈りたい。
穢れの思想は未だに健在
晴れ、最低気温2度、最高気温11度。
今朝最初の約束は高田馬場。何時もよりゆっくりと家を出る。それでも時間に余裕がありそうなので、品川から五反田、さらに時間が有れば目黒駅の辺りまで歩いてみよう。何処かでホームレスと出会い、その生活の一端を垣間見ることができるかも知れないから。
そう言えば、先に発表された、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書(平成15年3月)」の中では都内のホームレスの分布が見えなくなっている。偶然なのか、何か意図があってのことか?平成13年9月の調査では、区ごとにホームレスの人数が明記されていた。品川区に44人、港区に122人、目黒区に23人と。区よってばらつきは有ったが、23区のすべてにホームレスは存在している。これから歩くのは、品川区と目黒区で、これまで一度も見て歩いていない地域である。国道1号を品川駅近くまで行き、八ツ山橋を左に曲がって、ソニーの本社前を通って五反田駅へ。さらに、線路脇の細い道路を進んで目黒駅に到着。家を出てから約1時間半の徘徊。通る道の多くは、通勤の人波で肩も触れんばかりの混雑地帯。彼らが入り込む余地がないせいか、一人のホームレスすら見かけない。ま、もともとホームレスの過疎地域には違いないが、五反田には小さいながらも繁華街があり、出会っても不思議ではなさそうなのだが?
昼前には打ち合わせを終え帰社。以降は事務所で過す。
最近、少しばかり気になっていることがある。「中古事務用家具のリサイクル事業」に、ホームレスを作業員として採用するという当社の事業計画を話すと、若い女性から「ホームレスが触った物は絶対触りたくない」という反応が多数あったことである。このプロジェクトで作業をする予定の人たちは、「元ホームレス」ではあってもホームレスではない。さらに言うなら、採用を予定しているホームレスの多くは、1年ほど前までは普通のサラリーマンとして暮らしていた人たちなのである。彼女たちが思い描くホームレス像が、身にはぼろをまとい汚れた格好で徘徊しているイメージであることを考えれば、やむを得ないことなのかも知れない。重要なのは、若い女性だけでなく、日本人の多くが同じ感情を持っているのではないか、という心配である。井沢元彦氏の言う「ケガレ」の思想が、多くの日本人の心の襞に潜んでおり、時として頭をもたげるのか?いずれにしても、この感性がプロジェクトの前に立ちふさがる大きな障壁を築かないことを祈りたい。
Wednesday, January 28, 2004
1月27日(火曜日)
自治体は地域住民の理解を得る努力を
晴れたり曇ったり、最低気温3度、最高気温9度。
朝一番に友人から電話。テレビ番組の中で、「川崎市で、ホームレス住宅の建設に住民が反対してトラブル」いう内容の放送をしていたのでビデオに撮っておいた、との連絡が入った。う〜ん、結構支援してくれる人が増えたようで、何となく嬉しい。
しかし、ホームレスへの一般の理解はまだまだ浅いようだ。今回の川崎市の例だけでなく、ホームレスの自立を図ろうとして実施される施策の多くが、今後、住民との軋轢を次々に生み出すことになろう。何しろ住民にとってホームレスは、招かざる客。公園や河川敷を勝手に占拠し、周辺を汚い格好で徘徊するやっかいな存在、としか映っていないのが実態であろう。ホームレスたちが住む所を確保し、仕事を見つけて自立を果たし、一般社会に復帰することなど何ら興味の対象ではないだろう。ホームレスと呼ばれる人たちが、同情すべき気の毒な存在であるとの認識はしていても、本音を言えば、とにかく早く身の回りから、視野から消えて欲しいだけなのである。だいたい社会問題となるものには、対象や内容が違えども多くの場合において、エゴと表裏をなす住民の権利意識が根源に横たわっているのが通例である。一昔前に起こった、ごみ焼却場建設を巡って対立した江東区と杉並区の問題。知的障害者を対象とした、教育や授産施設の建設においても、これを阻止しようとして彼方此方で住民の反対運動が起こる。ホームレス対策もまた、本格的対策を実施しようとすれば同様のことが起こるであろう。そこには、自らが設定した規格に合わない人間に対する無意識の拒絶が常に横たわっているのでいる。
政府も自治体も、「ホームレスの自立の支援に関する特別措置法」に基づき、諸施策を実行に移す前に、住民の理解を得るための努力をもっとする必要があろう。それぞれの自治体の管轄内にどれ位のホームレスが起居しているのか、彼らがどんな生活をしているのか、現状において住民の福祉予算から一体どの位の費用が投じられているのか、などのことを十分知らせておくことが必要ではないだろうか。そして、今後どんな施策をどの位の費用を掛けて行い、どんな効果を得ようとしているのか、についても明確にすべきである。これらのことを併せて行わなければ、住民の無意識の拒絶を和らげ、理解は得ることは至難であろう。どんなに良いと思われる施策も、それを実現するには、相当のロスや回り道を覚悟しなければならないことを知っておかなければならない。
この処の観察で、田町駅周辺を拠点にしているホームレスの大体の状況が判った。
先ず、JR田町駅の芝浦口跨線通路の角に二人。彼らは、小生の分類法では「第二類」に区分でき、主として乗客が捨てた雑誌類を集めて生活の糧としている。年齢は不詳であるが、年季が入っていると推測できる。
芝浦の運河に掛かる橋の上で見かけるホームレスが三人。何れも台車を所有しており、周辺を移動している模様。天気の良い日は路傍に眠り、一昔前なら「乞食」「ルンペン」と呼ばれた者で、何らの生産活動をも行っていない。うち一名は、時折大声で意味不明の演説を繰り返し、通行中の人の眉をひそませる。「第四類」に分類すべき存在。
芝浦運河の遊歩道を拠点とする一名は、空き缶集めにより生活の糧を得ている模様。40歳代と思われるが、何時もこざっぱりとした姿をしており、見た目にはホームレスであることを感じさせない。「第一類」に区分できる。ベンチを一つ占有しているが、必ずしもそこでもっぱら起居しているわけではなさそうである。
芝側の小さな公園で、ビニール葺きダンボールハウスに起居する者が一名。彼もまた、空き缶集めによる収入で生活をしている模様。今の生活がかなり長期化しているようであるが、早朝に空き缶を潰している姿以外は目にすることが少ない。
JR田町駅三田側及び地下鉄三田駅周辺に約三人。昼間見かけることは希で、夜間のみ暖かさを求めて移動して来ると推測される。同一人物であるか否かは不明。「第四類」に分類される存在で、台車やカートなどは持たず、所持する荷物も僅かである。
この地域で常時見かけるホームレスは10名であるが、当社のプロジェクトで雇用の対象となりそうなのは僅かに1名のみである。現状から判断して、政府も自治体も余程腹を据えて取り組まねば、ホームレスの半数すら支援して自立させることは至難であろう。
自治体は地域住民の理解を得る努力を
晴れたり曇ったり、最低気温3度、最高気温9度。
朝一番に友人から電話。テレビ番組の中で、「川崎市で、ホームレス住宅の建設に住民が反対してトラブル」いう内容の放送をしていたのでビデオに撮っておいた、との連絡が入った。う〜ん、結構支援してくれる人が増えたようで、何となく嬉しい。
しかし、ホームレスへの一般の理解はまだまだ浅いようだ。今回の川崎市の例だけでなく、ホームレスの自立を図ろうとして実施される施策の多くが、今後、住民との軋轢を次々に生み出すことになろう。何しろ住民にとってホームレスは、招かざる客。公園や河川敷を勝手に占拠し、周辺を汚い格好で徘徊するやっかいな存在、としか映っていないのが実態であろう。ホームレスたちが住む所を確保し、仕事を見つけて自立を果たし、一般社会に復帰することなど何ら興味の対象ではないだろう。ホームレスと呼ばれる人たちが、同情すべき気の毒な存在であるとの認識はしていても、本音を言えば、とにかく早く身の回りから、視野から消えて欲しいだけなのである。だいたい社会問題となるものには、対象や内容が違えども多くの場合において、エゴと表裏をなす住民の権利意識が根源に横たわっているのが通例である。一昔前に起こった、ごみ焼却場建設を巡って対立した江東区と杉並区の問題。知的障害者を対象とした、教育や授産施設の建設においても、これを阻止しようとして彼方此方で住民の反対運動が起こる。ホームレス対策もまた、本格的対策を実施しようとすれば同様のことが起こるであろう。そこには、自らが設定した規格に合わない人間に対する無意識の拒絶が常に横たわっているのでいる。
政府も自治体も、「ホームレスの自立の支援に関する特別措置法」に基づき、諸施策を実行に移す前に、住民の理解を得るための努力をもっとする必要があろう。それぞれの自治体の管轄内にどれ位のホームレスが起居しているのか、彼らがどんな生活をしているのか、現状において住民の福祉予算から一体どの位の費用が投じられているのか、などのことを十分知らせておくことが必要ではないだろうか。そして、今後どんな施策をどの位の費用を掛けて行い、どんな効果を得ようとしているのか、についても明確にすべきである。これらのことを併せて行わなければ、住民の無意識の拒絶を和らげ、理解は得ることは至難であろう。どんなに良いと思われる施策も、それを実現するには、相当のロスや回り道を覚悟しなければならないことを知っておかなければならない。
この処の観察で、田町駅周辺を拠点にしているホームレスの大体の状況が判った。
先ず、JR田町駅の芝浦口跨線通路の角に二人。彼らは、小生の分類法では「第二類」に区分でき、主として乗客が捨てた雑誌類を集めて生活の糧としている。年齢は不詳であるが、年季が入っていると推測できる。
芝浦の運河に掛かる橋の上で見かけるホームレスが三人。何れも台車を所有しており、周辺を移動している模様。天気の良い日は路傍に眠り、一昔前なら「乞食」「ルンペン」と呼ばれた者で、何らの生産活動をも行っていない。うち一名は、時折大声で意味不明の演説を繰り返し、通行中の人の眉をひそませる。「第四類」に分類すべき存在。
芝浦運河の遊歩道を拠点とする一名は、空き缶集めにより生活の糧を得ている模様。40歳代と思われるが、何時もこざっぱりとした姿をしており、見た目にはホームレスであることを感じさせない。「第一類」に区分できる。ベンチを一つ占有しているが、必ずしもそこでもっぱら起居しているわけではなさそうである。
芝側の小さな公園で、ビニール葺きダンボールハウスに起居する者が一名。彼もまた、空き缶集めによる収入で生活をしている模様。今の生活がかなり長期化しているようであるが、早朝に空き缶を潰している姿以外は目にすることが少ない。
JR田町駅三田側及び地下鉄三田駅周辺に約三人。昼間見かけることは希で、夜間のみ暖かさを求めて移動して来ると推測される。同一人物であるか否かは不明。「第四類」に分類される存在で、台車やカートなどは持たず、所持する荷物も僅かである。
この地域で常時見かけるホームレスは10名であるが、当社のプロジェクトで雇用の対象となりそうなのは僅かに1名のみである。現状から判断して、政府も自治体も余程腹を据えて取り組まねば、ホームレスの半数すら支援して自立させることは至難であろう。
Tuesday, January 27, 2004
1月26日(月曜日)
行政は自立支援の具体策を早く示せ
晴れ、最低気温1度、最高気温10度。
このところ毎日、新聞やテレビから、食の危機をあおるようなニュースが流れてくる。昨年は「鯉ヘルペス」にアメリカ産牛肉の「BSE」騒動。さらに、今年は「鳥インフルエンザ」の発生。次に何が起こるのか、予測すらできない。ま、鯉のほうは誰でもが毎日口にするものではないにしても、安い輸入物の牛肉や鶏肉となれば庶民の食に直結しており、その影響の及ぶところは計り知れない。ニュースで流される、汚染地域での鯉や鶏の処分風景は何とも痛ましい限りである。さらに、それに関わって生計を立てている人の戸惑いの姿には、何とも言い表せないものがある。政府は、指定地域からの牛肉や鶏肉とその加工品、はては、観賞用の鳥類まで禁輸措置を発令し、あるいは、発令を予定している。すでにスーパーの店頭から、アメリカ産の牛肉や輸入物の鶏肉が消え始めているとか。牛丼の命運はすでに風前の灯、焼き鳥も早晩牛丼と同じ道をたどりそうな雰囲気。食の多くを輸入に頼る国の危うさを感じさせられる。
これらの出来事が人間の生活に与える不安は、食に関するものに留まらない。今年もすでに新型肺炎患者発生が伝えられている。一部では、爆発的に蔓延するのでは、との予測も!鳥インフルエンザも、人間に感染する恐れが指摘され、すでに一部地域では患者の発生ばかりか死者すら報告されている。わずかにその兆しが感じられる景気回復に、新たな影を落とすことにならなければ良いのだが。
もし?あくまでも「もし」の話であるが、ホームレスの中で新型肺炎やそれに類する伝染性の強い病気が発生したらどんなことが起こるのだろうか、という不安がニュースを見ていて頭を過ぎる。どう見ても、衛生的で健康的な生活を営んでいるとは言い難い環境下に暮らす彼らの間では、伝染性の病気は容易に蔓延するばかりか、日ならずして一般社会への波及も避けられなくなるだろう。その時、地域社会は、行政はどう対応するのだろうか?爆発的に患者が発生した場合、医療施設は一般の人とホームレスを差別なく対応できるのだろうか?思わず、汚染地域における鯉や鶏を処分する光景が浮んでくる。
何としても、ホームレスと呼ばれる人たちの自立を図り、少なくとも健康的な生活が維持できるよう早急に手を差し伸べなければならない。それも、できるだけ急いで!
考えるに、基準や制約の中で、一律の自立支援策を実施してもその効果に期待を寄せることはできないだろう。行政の作成した「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」を読み返すたびにそう感じる。誰が、どのようにして作成したのか知る由もないが、この基本方針が、実際に行動する組織の末端を却って縛ることになりはしないか心配になる。
結局今日も、一日を電話の対応とデスクワークで費やしてしまった。午後9時、事務所を出て田町駅周辺を一巡りする。芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏は姿が見えない。出掛けているようだ。公園のホームレスはもう眠りについたか、公園はすでに静寂の支配下に入っている。田町駅の三田側にある地下鉄の入り口付近で、一人のホームレスが今夜のねぐらを捜しているのか、彷徨っている。芝浦口には、くだんのホームレス二人が、寝支度を済ませて一見楽しげに語らっている。ホームレスたちには、何時もと変らぬ時間が流れていた。
行政は自立支援の具体策を早く示せ
晴れ、最低気温1度、最高気温10度。
このところ毎日、新聞やテレビから、食の危機をあおるようなニュースが流れてくる。昨年は「鯉ヘルペス」にアメリカ産牛肉の「BSE」騒動。さらに、今年は「鳥インフルエンザ」の発生。次に何が起こるのか、予測すらできない。ま、鯉のほうは誰でもが毎日口にするものではないにしても、安い輸入物の牛肉や鶏肉となれば庶民の食に直結しており、その影響の及ぶところは計り知れない。ニュースで流される、汚染地域での鯉や鶏の処分風景は何とも痛ましい限りである。さらに、それに関わって生計を立てている人の戸惑いの姿には、何とも言い表せないものがある。政府は、指定地域からの牛肉や鶏肉とその加工品、はては、観賞用の鳥類まで禁輸措置を発令し、あるいは、発令を予定している。すでにスーパーの店頭から、アメリカ産の牛肉や輸入物の鶏肉が消え始めているとか。牛丼の命運はすでに風前の灯、焼き鳥も早晩牛丼と同じ道をたどりそうな雰囲気。食の多くを輸入に頼る国の危うさを感じさせられる。
これらの出来事が人間の生活に与える不安は、食に関するものに留まらない。今年もすでに新型肺炎患者発生が伝えられている。一部では、爆発的に蔓延するのでは、との予測も!鳥インフルエンザも、人間に感染する恐れが指摘され、すでに一部地域では患者の発生ばかりか死者すら報告されている。わずかにその兆しが感じられる景気回復に、新たな影を落とすことにならなければ良いのだが。
もし?あくまでも「もし」の話であるが、ホームレスの中で新型肺炎やそれに類する伝染性の強い病気が発生したらどんなことが起こるのだろうか、という不安がニュースを見ていて頭を過ぎる。どう見ても、衛生的で健康的な生活を営んでいるとは言い難い環境下に暮らす彼らの間では、伝染性の病気は容易に蔓延するばかりか、日ならずして一般社会への波及も避けられなくなるだろう。その時、地域社会は、行政はどう対応するのだろうか?爆発的に患者が発生した場合、医療施設は一般の人とホームレスを差別なく対応できるのだろうか?思わず、汚染地域における鯉や鶏を処分する光景が浮んでくる。
何としても、ホームレスと呼ばれる人たちの自立を図り、少なくとも健康的な生活が維持できるよう早急に手を差し伸べなければならない。それも、できるだけ急いで!
考えるに、基準や制約の中で、一律の自立支援策を実施してもその効果に期待を寄せることはできないだろう。行政の作成した「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」を読み返すたびにそう感じる。誰が、どのようにして作成したのか知る由もないが、この基本方針が、実際に行動する組織の末端を却って縛ることになりはしないか心配になる。
結局今日も、一日を電話の対応とデスクワークで費やしてしまった。午後9時、事務所を出て田町駅周辺を一巡りする。芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏は姿が見えない。出掛けているようだ。公園のホームレスはもう眠りについたか、公園はすでに静寂の支配下に入っている。田町駅の三田側にある地下鉄の入り口付近で、一人のホームレスが今夜のねぐらを捜しているのか、彷徨っている。芝浦口には、くだんのホームレス二人が、寝支度を済ませて一見楽しげに語らっている。ホームレスたちには、何時もと変らぬ時間が流れていた。
Monday, January 26, 2004
1月25日(日曜日)
田町駅にも二人の定住者
晴れ、最低気温1度、最高気温9度。
爽やかな空気の漂う、好天の日曜日の始まり。1週間分の主夫の仕事を片付け、9時過ぎにのんびり歩いて事務所に向かう。街の息遣いにも、今日が休日であることを感じられる。
小生が通勤途上で利用している芝浦運河沿の遊歩道は、運河の両岸にあり結構長い。毎日のように歩いているのは、小さな橋と橋の間のわずかに100メートルほどの距離である。黒く濁って見える運河の水を透かして、30センチほどのボラが十数匹泳いでいるのが見える。1羽の鴨が優雅に水面を滑っている。突然、餌を求めてか水中に潜り、黒いキャンバスに描かれた風景画を、抽象画に変えてしまう。何処から来るのか、フェンスの手摺に十数羽の雀が情報交換でもしているかのように、かまびすしくさえずっている。何時も見かける猫たちが、植え込みで、あるいは、ベンチの上で丸くなって眠る。通る人を、片目だけ開けて観察しながら。ここには、のんびりとゆったりと流れる、休日の都心の時間と空間が横たわってる。
昨日は積まれていた大量の空き缶も既に片付けられ、その痕跡すら見られない。かのホームレス氏も不在なようで、彼の占有するベンチはビニールシートに覆われている。そう言えば最近、彼が不在のおりには、荷物を置いたベンチをビニールシートで覆い、幾重にも紐で縛ってある。以前とは明らかに違っているところを見ると、ここに定着の意思を固めたのだろうか?
活動拠点としている事務所は、ビルの10階にある。平日は、下のフロアの活動がもたらす暖気の恩恵と、周りに高い建造物のない孤立した立地から、お天気さへよければ日中は実に暖かい。しかし、休日の、さらに夜間ともなれば、暖房のない空間は凍りつく。そのうちに歯の根すら合わなくなり始める。
という訳で、午後9時、家路に向かって事務所を出る。今日は冷え切ったので、電車で帰ることにし、暖かさを求めて駅へと急ぐ。田町駅の芝浦口は昨年改修工事が終わり,見違えるほど広く立派に生まれ変わっている。その一角に二人のホームレスが眠っていた。一人はフトンにくるまり、一人はダンボールを敷いた上に横たわる。枕もとに積んだ財産を守るようにして。これまでも、昼間に何度か見かけたことはあったが、ここに定住を決めたとは気が付かなかった。以前に比べて明らかに財産は増えているようだ。
何はともあれ、取敢えず駅から追い出されないことを祈ろう。
田町駅にも二人の定住者
晴れ、最低気温1度、最高気温9度。
爽やかな空気の漂う、好天の日曜日の始まり。1週間分の主夫の仕事を片付け、9時過ぎにのんびり歩いて事務所に向かう。街の息遣いにも、今日が休日であることを感じられる。
小生が通勤途上で利用している芝浦運河沿の遊歩道は、運河の両岸にあり結構長い。毎日のように歩いているのは、小さな橋と橋の間のわずかに100メートルほどの距離である。黒く濁って見える運河の水を透かして、30センチほどのボラが十数匹泳いでいるのが見える。1羽の鴨が優雅に水面を滑っている。突然、餌を求めてか水中に潜り、黒いキャンバスに描かれた風景画を、抽象画に変えてしまう。何処から来るのか、フェンスの手摺に十数羽の雀が情報交換でもしているかのように、かまびすしくさえずっている。何時も見かける猫たちが、植え込みで、あるいは、ベンチの上で丸くなって眠る。通る人を、片目だけ開けて観察しながら。ここには、のんびりとゆったりと流れる、休日の都心の時間と空間が横たわってる。
昨日は積まれていた大量の空き缶も既に片付けられ、その痕跡すら見られない。かのホームレス氏も不在なようで、彼の占有するベンチはビニールシートに覆われている。そう言えば最近、彼が不在のおりには、荷物を置いたベンチをビニールシートで覆い、幾重にも紐で縛ってある。以前とは明らかに違っているところを見ると、ここに定着の意思を固めたのだろうか?
活動拠点としている事務所は、ビルの10階にある。平日は、下のフロアの活動がもたらす暖気の恩恵と、周りに高い建造物のない孤立した立地から、お天気さへよければ日中は実に暖かい。しかし、休日の、さらに夜間ともなれば、暖房のない空間は凍りつく。そのうちに歯の根すら合わなくなり始める。
という訳で、午後9時、家路に向かって事務所を出る。今日は冷え切ったので、電車で帰ることにし、暖かさを求めて駅へと急ぐ。田町駅の芝浦口は昨年改修工事が終わり,見違えるほど広く立派に生まれ変わっている。その一角に二人のホームレスが眠っていた。一人はフトンにくるまり、一人はダンボールを敷いた上に横たわる。枕もとに積んだ財産を守るようにして。これまでも、昼間に何度か見かけたことはあったが、ここに定住を決めたとは気が付かなかった。以前に比べて明らかに財産は増えているようだ。
何はともあれ、取敢えず駅から追い出されないことを祈ろう。
Sunday, January 25, 2004
1月24日(土曜日)
自立指導にも工夫が必要
晴れたり曇ったり、最低気温1度、最高気温7度。
土曜日だというのに、今日も事務所に出向く!午後から、来客予定が2件入っている。
何時もより遅い朝9時、何時もの芝浦運河の遊歩道を通って事務所に向かう。遊歩道の一角で、何時も見かけるホームレス氏が、仲間と思しき若い男性と一緒に両手をジャンバーのポケットに入れたまま、厚底の靴で空き缶を踏み潰しながら談笑している。横には、空き缶の入った大きなビニール袋が五つ。今日の収穫に満足したようすで、顔には笑みがこぼれている。何はともあれ、良かった、良かった。
午後、突然事務所に飛び込んできた若いセールスマン(先物取引の)氏と話したあと、またまたホームレスのことが頭をよぎる。若いセールスマン氏は、如何にもエネルギッシュで、未来に無限の可能性を夢見て毎日を生きていることをうかがわせた。多分、今ならどんなことにでも立ち向かっていけるだろう、と。
一方、我々が自立を支援しようとしているホームレスはどうであろうか。ホームレスと周りから勝手に認識されるようになって日の浅い者は、未だ希望を捨ててはおらず、見方によれば普通のサラリーマンより活力を感じさせる。諦観が支配し、僅かな収入を得る道を見つけて、その生活にどっぷり浸かって数年を過した者は、常に社会に対し斜に構え、既に普通の社会生活へ戻ることを望んでいないかにすら見える。さらに、身にボロをまとい、ごみを漁る生活をしている者が持っているかもしれない望みなど、推測すらできそうにない。多分、彼らは、死を逃れるために食べ物を、衣類を必要としている。ホームレスの自立支援を考えるとき、少なくとも、死を免れようと考えることと、生きることを考えることはまったく別であることを、しっかり念頭においていなければならないだろう。そうしなければ、これから多くの費用と人手を投じて行われる自立支援策も、場合によれば、たんなるお金の無駄遣いであったり、実行する側の独り善がりか自己満足に過ぎない結果になるかも知れない。
最近、ホームレスなった人や、今まさにホームレスとなりそうな人の多くは、就業支援や、それぞれが抱えている問題に対するカウンセリングを行うことで、ある程度効果をあげることができよう。しかし、それ以外のホームレスの自立支援は容易ではないだろう。先ず、自立して生活をするための指導は欠かせない。何よりも、彼らにとっての、あるいは、彼らの考える自立が、我々や行政の考えている自立と同じあるいは類似であるかどうかですら判っていないのである。
わずかに垣間見ただけではあるが、これまで行政や各種のボランティア団体が行ってきた、ホームレスに対する生活指導、就業指導は何か違っているように感じる。相手がホームレスであるとしても、これまでに多くの経験を積んできた人たちがその対象である。指導するということは、教訓を与えることではなく、それを思い出させるべきことなのである。この認識の欠如した指導から、自立に向けての活力を、彼らから引き出すことは難しいだろう。まだまだ、試行錯誤の毎日が続きそうだ。
自立指導にも工夫が必要
晴れたり曇ったり、最低気温1度、最高気温7度。
土曜日だというのに、今日も事務所に出向く!午後から、来客予定が2件入っている。
何時もより遅い朝9時、何時もの芝浦運河の遊歩道を通って事務所に向かう。遊歩道の一角で、何時も見かけるホームレス氏が、仲間と思しき若い男性と一緒に両手をジャンバーのポケットに入れたまま、厚底の靴で空き缶を踏み潰しながら談笑している。横には、空き缶の入った大きなビニール袋が五つ。今日の収穫に満足したようすで、顔には笑みがこぼれている。何はともあれ、良かった、良かった。
午後、突然事務所に飛び込んできた若いセールスマン(先物取引の)氏と話したあと、またまたホームレスのことが頭をよぎる。若いセールスマン氏は、如何にもエネルギッシュで、未来に無限の可能性を夢見て毎日を生きていることをうかがわせた。多分、今ならどんなことにでも立ち向かっていけるだろう、と。
一方、我々が自立を支援しようとしているホームレスはどうであろうか。ホームレスと周りから勝手に認識されるようになって日の浅い者は、未だ希望を捨ててはおらず、見方によれば普通のサラリーマンより活力を感じさせる。諦観が支配し、僅かな収入を得る道を見つけて、その生活にどっぷり浸かって数年を過した者は、常に社会に対し斜に構え、既に普通の社会生活へ戻ることを望んでいないかにすら見える。さらに、身にボロをまとい、ごみを漁る生活をしている者が持っているかもしれない望みなど、推測すらできそうにない。多分、彼らは、死を逃れるために食べ物を、衣類を必要としている。ホームレスの自立支援を考えるとき、少なくとも、死を免れようと考えることと、生きることを考えることはまったく別であることを、しっかり念頭においていなければならないだろう。そうしなければ、これから多くの費用と人手を投じて行われる自立支援策も、場合によれば、たんなるお金の無駄遣いであったり、実行する側の独り善がりか自己満足に過ぎない結果になるかも知れない。
最近、ホームレスなった人や、今まさにホームレスとなりそうな人の多くは、就業支援や、それぞれが抱えている問題に対するカウンセリングを行うことで、ある程度効果をあげることができよう。しかし、それ以外のホームレスの自立支援は容易ではないだろう。先ず、自立して生活をするための指導は欠かせない。何よりも、彼らにとっての、あるいは、彼らの考える自立が、我々や行政の考えている自立と同じあるいは類似であるかどうかですら判っていないのである。
わずかに垣間見ただけではあるが、これまで行政や各種のボランティア団体が行ってきた、ホームレスに対する生活指導、就業指導は何か違っているように感じる。相手がホームレスであるとしても、これまでに多くの経験を積んできた人たちがその対象である。指導するということは、教訓を与えることではなく、それを思い出させるべきことなのである。この認識の欠如した指導から、自立に向けての活力を、彼らから引き出すことは難しいだろう。まだまだ、試行錯誤の毎日が続きそうだ。
1月23日(金曜日)
中小企業へ新たな支援を
晴れ、最低気温0度、最高気温10度。
この冬、初めて気温蘭に「0度」(ただし、東京の気温であるが)と記す。人間は、物事を、現象を、共通の認識として表現する方法として、いろいろな局面で数字を用いている。その多くは、人間社会のたんなる決め事である。一部の人間にしか通用しないもの、人により認識が異なるもの、境界が曖昧なものが結構何気なく使われている。しかし、気温を表す「0度」という数値は一味違っているように思える。何しろ、液体であった水が固体である氷に変身するのである。これなら動物にだって認識ができるだろう。
ホームレスであるかどうかは、0度になると水が氷へと変化するようには明確でない。推測ではあるが、普通の生活空間と言われる側に居ても、既に家屋が差し押さえされている、あるいは、家賃の未払いで家主から退去の申し出がなされている等々、取敢えず居住はしているが何時住処を失うかわからない状況にある人も結構いるようである。行政の実施した「調査報告書」に記載のあるホームレスとされる人の数以外に、ホームレス予備軍とも言うべき人の数は相当数にのぼると思われる。4月から始まる行政のホームレス支援対策に、このような間にある人たちが、ホームレスと名を変える前に救済する施策が盛り込まれていると良いのだが。
午後、外出した序でに,久し振りに港区役所を訪ねてみた。港区役所は他の自治体と異なり、複数の部署にまたがる問題であるホームレス対策を、戦略事業推進室という部署で対応している。その事業推進課の宮内課長を訪ねたが、生憎不在とのこと。折角おとずれたので商工課に立ち寄り、最近の中小企業支援に関する資料を収集した。ホームレス対策と違い、中小企業の金融対策制度が結構あるのに驚かされる。
しかし、中身を見てみると、この対策、一体誰が考えているのか知らないが、本当に中小企業に実情を熟知しているのか疑問を感じる。よく聞く話は、中小・零細企業が公的資金の融資を受けようとする際の第一関門は、税金や社会保険料の未納の有無であるという。
聞いた話では、社会保険の未納額は約13兆円、源泉徴収や消費税等の未納は同額か、それを上回る額に達していると言われる。つまり、中小企業が公的機関から融資あるいは其の保証を得ようとすると、申し込みの時までにこれらを完納する必要があるとか。多くの中小企業の経営者にとって、これらは確かに納付する責務のあるものとはいえ、無理して納付して、万一融資が受けられない場合を考えると,ついつい二の足を踏んでしまうそうだ。つまり、本当に困って資金を必要とする中小・零細企業には、制度があっても中々利用が適わないようである。それは、高金利を必要とするノンバンクやマチキン(高利貸し)の隆盛を見ても頷けよう。
そこで、小生が考えるには、何年か前実施した保証協会の保証による「特別融資」を再度行えないか、という案である。そして、その対象となる保証額を各企業の税金と社会保障の未納に限定し、融資額はすべて当該未納金の納付に当てる。
このプランであれば、先ず、行政側においては、税金や社会保険の未納を限りなく0円にできる他、督促や回収のために要している人件費や事務処理費用を大幅に削減できよう。金融機関にとっては、焦げ付きの心配がない保証協会の保証付きの融資、約30兆円という巨大なビジネス市場が生まれ、金融機関の支援にも繋がろう。
中小企業にとっても、第一に、税金や社会保険料の未納という、通常融資申込みの際の阻害要因をなくせることで、資金調達の可能性が広がる。第二には、罰則的側面のある延滞税や延滞金(10数%)の負担が通常融資の金利である2〜3%に軽減される。第三には、決算書上で借入金の額は増えるものの税金や社会保険の未納が消え、取引上の減点要因の一部がなくせる。
勿論、すべての融資を回収することはできないかも知れない。しかし、もともと未納付金には回収不能なものもあるはずである。未納付金を公的貸付に置き換えたとしても、彼我の差が極端に変るとは思えない。少なくとも、既述の効果は期待でき、中小企業に再度活力を与えることはできるのではないだろうか。
などと、余計な考えに耽っているうちに、今日も一日が過ぎてしまう。
中小企業へ新たな支援を
晴れ、最低気温0度、最高気温10度。
この冬、初めて気温蘭に「0度」(ただし、東京の気温であるが)と記す。人間は、物事を、現象を、共通の認識として表現する方法として、いろいろな局面で数字を用いている。その多くは、人間社会のたんなる決め事である。一部の人間にしか通用しないもの、人により認識が異なるもの、境界が曖昧なものが結構何気なく使われている。しかし、気温を表す「0度」という数値は一味違っているように思える。何しろ、液体であった水が固体である氷に変身するのである。これなら動物にだって認識ができるだろう。
ホームレスであるかどうかは、0度になると水が氷へと変化するようには明確でない。推測ではあるが、普通の生活空間と言われる側に居ても、既に家屋が差し押さえされている、あるいは、家賃の未払いで家主から退去の申し出がなされている等々、取敢えず居住はしているが何時住処を失うかわからない状況にある人も結構いるようである。行政の実施した「調査報告書」に記載のあるホームレスとされる人の数以外に、ホームレス予備軍とも言うべき人の数は相当数にのぼると思われる。4月から始まる行政のホームレス支援対策に、このような間にある人たちが、ホームレスと名を変える前に救済する施策が盛り込まれていると良いのだが。
午後、外出した序でに,久し振りに港区役所を訪ねてみた。港区役所は他の自治体と異なり、複数の部署にまたがる問題であるホームレス対策を、戦略事業推進室という部署で対応している。その事業推進課の宮内課長を訪ねたが、生憎不在とのこと。折角おとずれたので商工課に立ち寄り、最近の中小企業支援に関する資料を収集した。ホームレス対策と違い、中小企業の金融対策制度が結構あるのに驚かされる。
しかし、中身を見てみると、この対策、一体誰が考えているのか知らないが、本当に中小企業に実情を熟知しているのか疑問を感じる。よく聞く話は、中小・零細企業が公的資金の融資を受けようとする際の第一関門は、税金や社会保険料の未納の有無であるという。
聞いた話では、社会保険の未納額は約13兆円、源泉徴収や消費税等の未納は同額か、それを上回る額に達していると言われる。つまり、中小企業が公的機関から融資あるいは其の保証を得ようとすると、申し込みの時までにこれらを完納する必要があるとか。多くの中小企業の経営者にとって、これらは確かに納付する責務のあるものとはいえ、無理して納付して、万一融資が受けられない場合を考えると,ついつい二の足を踏んでしまうそうだ。つまり、本当に困って資金を必要とする中小・零細企業には、制度があっても中々利用が適わないようである。それは、高金利を必要とするノンバンクやマチキン(高利貸し)の隆盛を見ても頷けよう。
そこで、小生が考えるには、何年か前実施した保証協会の保証による「特別融資」を再度行えないか、という案である。そして、その対象となる保証額を各企業の税金と社会保障の未納に限定し、融資額はすべて当該未納金の納付に当てる。
このプランであれば、先ず、行政側においては、税金や社会保険の未納を限りなく0円にできる他、督促や回収のために要している人件費や事務処理費用を大幅に削減できよう。金融機関にとっては、焦げ付きの心配がない保証協会の保証付きの融資、約30兆円という巨大なビジネス市場が生まれ、金融機関の支援にも繋がろう。
中小企業にとっても、第一に、税金や社会保険料の未納という、通常融資申込みの際の阻害要因をなくせることで、資金調達の可能性が広がる。第二には、罰則的側面のある延滞税や延滞金(10数%)の負担が通常融資の金利である2〜3%に軽減される。第三には、決算書上で借入金の額は増えるものの税金や社会保険の未納が消え、取引上の減点要因の一部がなくせる。
勿論、すべての融資を回収することはできないかも知れない。しかし、もともと未納付金には回収不能なものもあるはずである。未納付金を公的貸付に置き換えたとしても、彼我の差が極端に変るとは思えない。少なくとも、既述の効果は期待でき、中小企業に再度活力を与えることはできるのではないだろうか。
などと、余計な考えに耽っているうちに、今日も一日が過ぎてしまう。
Friday, January 23, 2004
1月22日(木曜日)
ホームレスに四つのパターン
晴れ、最低気温3度、最高気温9度。
ほぼ一日中雑務(本来、雑務と言う仕事はないのだが)に忙殺される。
今日は西高東低、阪神タイガースの縦縞のユニホームのような天気図。日本各地で冬の嵐が吹き荒れるとか。こんな日は事務所で過すに限る。
人間、時間ができると何時も、いろいろなことが無規律に頭の中を駆け巡る。
その一つの課題が、ホームレスの分類についてである。ホームレスも数万人という数になると、その自立を支援するにも一律では無理があると思われる。また、当社のプランにおいても、雇用の対象となる、あるいは、雇用可能な人間がどのくらい存在しているのかが不明のまま進めている。行政側がどのように考えていようとも、ビジネスとして成り立たせるためには、ある程度ホームレスの区別をすることは避けられない。例え、それを差別と言われようとも、である。異論は当然あるとは思うが、今のところは、その分類を次のように考えている。
第一類。ホームレスと呼ばれる対象となって、だいたい1年未満の者。現時点で定職を持たず、一般認識でいうところの定まった住居も持っていない。所持品の少ないのもその特徴と言えよう。また多くは、ダンボール造ビニールシート葺きの館を持たず、だいたいは、駅周辺で野宿をし、あるいは、知己を訪ねて宿泊をしているという。入浴のため、必要に応じて安宿を利用し、こざっぱりとした身なりをしており、一見してホームレスであるとは思われない。ある程度のお金を持っており、日中は職探しのためハローワークの周辺で見かけることが多い。行動範囲は、徒歩移動こだわらないためか結構広いようである。
第二類。定住・定職を持たなく(持てなく?)なって、1年以上現在と同様の生活を送っている者。その多くが、定まった場所にダンボールとビニールシート、あるいは、河川敷に木造バラックの小屋を建て生活を営んでいる。地域ごとに緩やかな結びつきの集団を形成し、多くの場合リーダー的人間の存在をうかがわせる。生活を維持するのに必要な家財道具を、ある程度揃えているのも特徴の一つである。定職は持たないが、それぞれに、引越しや工事現場での日雇い作業に従事するグループと、空き缶(アルミ缶)や新聞紙、あるいは、捨てられた雑誌や本を集めて、再販・再資源化市場に戻して収入を得ているグループがあるようである。経過年数とともに、一般社会への復帰意欲が低下し、現状の生活を維持することで満足をしている。駅や公園などで、明るいうちから集って飲酒などをしているのは、ほとんどがこの第二類に属するホームレスと思われる。一般に、身なりは比較的こざっぱりとしてはいるが、それでもホームレスであることをうかがわせる何かが漂ってはいる。
第三類。多くが、長期に住所不定の生活を続けており、主として「ドヤ」と称される簡易宿泊所に暮らし、お金が無くなると路上生活をするグループ。その歴史は古い。彼らの生活基盤は日雇い仕事であるが、この不況下で仕事が激減しているほか、高齢化が進んでいることが問題となっている。政府の「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の中では、「ホームレスになることを余儀なくされるおそれのある者」と位置付けているが、既にホームレスとして支援すべき段階にあるものと言える。このグループに属する者は、歴史が長い分社会との関わりが複雑であり、他のグループと同一の対応で自立を促すのは難しいものと思える。彼らは、一見して日雇い労働者と認識できる独特のスタイルを持っている。全体に諦観が支配しており、一般社会への復帰意欲は低いと推測される。
第四類。歴史の彼方から現在まで連綿と続くもので、ホームレスという名称で括られるまで、乞食、オコモ、物貰い、浮浪者、ルンペン等々の名で呼ばれていた。このグループに属する者は、他のホームレスと呼ばれる者とは明らかに異なっている。多くはボロをまとい、ごみを漁り、物乞いをして露命を繋いでいる。一般の認識が、「ホームレス」の言葉にこのグループの者を思い浮かべるため、ホームレス対策に対し障壁を構築する原因ともなっているようである。
当社のプランにおいて、正社員として雇用をし、自立を図る対象と考えているのは、基本的に第一類に属するホームレスである。いろいろな所で当社のプランを説明すると、多くの人が「ホームレス」という言葉に対し即座に第四類のイメージを結び付け、眉をひそめて否定的な反応を露にする。このことも、プランへの協力を尻込みさせ、前進の阻害要因の一つとなっているようである。
夕方、二組の来訪者を送り出し、事務所での作業を終える。後は家に帰ってから・・・
明日朝は今年一番の冷え込みとか?還暦過ぎた身には、今から春が、暖かくなる日が待ち遠しい。
ホームレスに四つのパターン
晴れ、最低気温3度、最高気温9度。
ほぼ一日中雑務(本来、雑務と言う仕事はないのだが)に忙殺される。
今日は西高東低、阪神タイガースの縦縞のユニホームのような天気図。日本各地で冬の嵐が吹き荒れるとか。こんな日は事務所で過すに限る。
人間、時間ができると何時も、いろいろなことが無規律に頭の中を駆け巡る。
その一つの課題が、ホームレスの分類についてである。ホームレスも数万人という数になると、その自立を支援するにも一律では無理があると思われる。また、当社のプランにおいても、雇用の対象となる、あるいは、雇用可能な人間がどのくらい存在しているのかが不明のまま進めている。行政側がどのように考えていようとも、ビジネスとして成り立たせるためには、ある程度ホームレスの区別をすることは避けられない。例え、それを差別と言われようとも、である。異論は当然あるとは思うが、今のところは、その分類を次のように考えている。
第一類。ホームレスと呼ばれる対象となって、だいたい1年未満の者。現時点で定職を持たず、一般認識でいうところの定まった住居も持っていない。所持品の少ないのもその特徴と言えよう。また多くは、ダンボール造ビニールシート葺きの館を持たず、だいたいは、駅周辺で野宿をし、あるいは、知己を訪ねて宿泊をしているという。入浴のため、必要に応じて安宿を利用し、こざっぱりとした身なりをしており、一見してホームレスであるとは思われない。ある程度のお金を持っており、日中は職探しのためハローワークの周辺で見かけることが多い。行動範囲は、徒歩移動こだわらないためか結構広いようである。
第二類。定住・定職を持たなく(持てなく?)なって、1年以上現在と同様の生活を送っている者。その多くが、定まった場所にダンボールとビニールシート、あるいは、河川敷に木造バラックの小屋を建て生活を営んでいる。地域ごとに緩やかな結びつきの集団を形成し、多くの場合リーダー的人間の存在をうかがわせる。生活を維持するのに必要な家財道具を、ある程度揃えているのも特徴の一つである。定職は持たないが、それぞれに、引越しや工事現場での日雇い作業に従事するグループと、空き缶(アルミ缶)や新聞紙、あるいは、捨てられた雑誌や本を集めて、再販・再資源化市場に戻して収入を得ているグループがあるようである。経過年数とともに、一般社会への復帰意欲が低下し、現状の生活を維持することで満足をしている。駅や公園などで、明るいうちから集って飲酒などをしているのは、ほとんどがこの第二類に属するホームレスと思われる。一般に、身なりは比較的こざっぱりとしてはいるが、それでもホームレスであることをうかがわせる何かが漂ってはいる。
第三類。多くが、長期に住所不定の生活を続けており、主として「ドヤ」と称される簡易宿泊所に暮らし、お金が無くなると路上生活をするグループ。その歴史は古い。彼らの生活基盤は日雇い仕事であるが、この不況下で仕事が激減しているほか、高齢化が進んでいることが問題となっている。政府の「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の中では、「ホームレスになることを余儀なくされるおそれのある者」と位置付けているが、既にホームレスとして支援すべき段階にあるものと言える。このグループに属する者は、歴史が長い分社会との関わりが複雑であり、他のグループと同一の対応で自立を促すのは難しいものと思える。彼らは、一見して日雇い労働者と認識できる独特のスタイルを持っている。全体に諦観が支配しており、一般社会への復帰意欲は低いと推測される。
第四類。歴史の彼方から現在まで連綿と続くもので、ホームレスという名称で括られるまで、乞食、オコモ、物貰い、浮浪者、ルンペン等々の名で呼ばれていた。このグループに属する者は、他のホームレスと呼ばれる者とは明らかに異なっている。多くはボロをまとい、ごみを漁り、物乞いをして露命を繋いでいる。一般の認識が、「ホームレス」の言葉にこのグループの者を思い浮かべるため、ホームレス対策に対し障壁を構築する原因ともなっているようである。
当社のプランにおいて、正社員として雇用をし、自立を図る対象と考えているのは、基本的に第一類に属するホームレスである。いろいろな所で当社のプランを説明すると、多くの人が「ホームレス」という言葉に対し即座に第四類のイメージを結び付け、眉をひそめて否定的な反応を露にする。このことも、プランへの協力を尻込みさせ、前進の阻害要因の一つとなっているようである。
夕方、二組の来訪者を送り出し、事務所での作業を終える。後は家に帰ってから・・・
明日朝は今年一番の冷え込みとか?還暦過ぎた身には、今から春が、暖かくなる日が待ち遠しい。
Thursday, January 22, 2004
1月21日(水曜日)
箒の先の塵取りは使えない
曇り時々晴れ、最低気温5度、最高気温11度。
暦の上では、一年で一番寒いとされる「大寒」。南関東を除く列島各地では、暦通りの寒い一日。九州からも雪の便りが・・・
午前10時、第五プロジェクト「ICタグの活用プラン」説明のため、地下鉄神宮前駅の近くにある大手商社の事業戦略室を訪ねる。用意した資料を元に一通りの説明を行ったが、流石に一流企業のエリート社員、即座に問題点を列挙して、「検討をする」との言葉もなく打ち合わせを終了。ま、だいたい予想通りの結果ではあったが!
多くの企業が新しい企画やプランを模索している。ただし、比較的短期間に回収見込みがあることと、リスクが小さいことが条件となる。そんなことを言ったって、まったく新しい技術が簡単に生まれるはずなどないし、上手い話が都合良く転がり込んでくるはずもない。景気の悪い時期には減点主義が横行する。実態はどうあれ、賢いサラリーマンは勝手に斟酌して行動する。結局は、個人的リスクを回避したい思いがビジネス活動を萎縮させてしまう。所詮、大手企業は官僚組織と変らない。不況を容易に抜け出せない要因がここにもあるかと、自分のプランに思い入れを持ち過ぎる、中小企業主の儚いぼやき・・・
思わぬ時間ができたので、渋谷駅まで歩いてみる。途中2ヵ所で、数十人と思しき列をなす女性の一群に遭遇。何処かで何かのバーゲンを行っている模様。寒気にも通りの騒音にも屈せず、話し声や笑い声が異空間を形成している。建物からは、大きな袋を手に持って満足げな表情の女性たちが次々に吐き出される。ある種の傍若無人ささえ感じさせる集団は、辺りに女性固有のエネルギーを漂わしている。
約30分を掛けてゆっくりと街の様子を見ながら歩いたが、驚くべきことに一人のホームレスとも出会わなかった。ここにも、ホームレスの存在しにくい何かがあるのだろうか?今後、検証の必要がありそうだ。
午後は事務所でデスクワーク。
現在、概念設計段階にある各プランの見直しをする。他人に言われるまでもなく、確かに「会社として、何が収入の根幹となるのか?」が見えにくい。化学の領域でなくても、幾つかの既存事象の組み合わせで新しいものが生まれることがあるのは確かである。保証はないにしても。
しかし、じっくり見れば、当社のプランは組み合わせの対象が多すぎはしないか? 主題から離れてしまってはいないか? そのために、複雑で判りにくく、実現の阻害要因になっていないか?
子供向けの漫画やアニメの主人公「ガンダム」は、合体することで個々の何倍ものパワーを発揮する。また、昔、鉛筆の先に消しゴムを付けた製品で大儲けをした人もいた。組み合わせ効果、インテグレートの成功例である。ならば、といって、同じフィールドで使われる箒の先に塵取りを付けても、実用性はなく、到底ヒット商品にはなるまい。自分のプランは、箒の先に塵取りを付け、さらに、折り畳みを可能にした、などという、どうでも良い機能や、却って使いにくくする機能のオンパレードになっていないだろうか。ま、駄作と名作は紙一重。悩んでも仕方あるまい。
自分としては、方向として間違っているとは思わない。(それも、問題ではあるが)しかし、周りで判りにくいことがプランの独創性を意味するものでもないのも確かではある。何にしても、これから実効プランへブレイクダウンする過程で、相当な手直しが必要になるだろう。
箒の先の塵取りは使えない
曇り時々晴れ、最低気温5度、最高気温11度。
暦の上では、一年で一番寒いとされる「大寒」。南関東を除く列島各地では、暦通りの寒い一日。九州からも雪の便りが・・・
午前10時、第五プロジェクト「ICタグの活用プラン」説明のため、地下鉄神宮前駅の近くにある大手商社の事業戦略室を訪ねる。用意した資料を元に一通りの説明を行ったが、流石に一流企業のエリート社員、即座に問題点を列挙して、「検討をする」との言葉もなく打ち合わせを終了。ま、だいたい予想通りの結果ではあったが!
多くの企業が新しい企画やプランを模索している。ただし、比較的短期間に回収見込みがあることと、リスクが小さいことが条件となる。そんなことを言ったって、まったく新しい技術が簡単に生まれるはずなどないし、上手い話が都合良く転がり込んでくるはずもない。景気の悪い時期には減点主義が横行する。実態はどうあれ、賢いサラリーマンは勝手に斟酌して行動する。結局は、個人的リスクを回避したい思いがビジネス活動を萎縮させてしまう。所詮、大手企業は官僚組織と変らない。不況を容易に抜け出せない要因がここにもあるかと、自分のプランに思い入れを持ち過ぎる、中小企業主の儚いぼやき・・・
思わぬ時間ができたので、渋谷駅まで歩いてみる。途中2ヵ所で、数十人と思しき列をなす女性の一群に遭遇。何処かで何かのバーゲンを行っている模様。寒気にも通りの騒音にも屈せず、話し声や笑い声が異空間を形成している。建物からは、大きな袋を手に持って満足げな表情の女性たちが次々に吐き出される。ある種の傍若無人ささえ感じさせる集団は、辺りに女性固有のエネルギーを漂わしている。
約30分を掛けてゆっくりと街の様子を見ながら歩いたが、驚くべきことに一人のホームレスとも出会わなかった。ここにも、ホームレスの存在しにくい何かがあるのだろうか?今後、検証の必要がありそうだ。
午後は事務所でデスクワーク。
現在、概念設計段階にある各プランの見直しをする。他人に言われるまでもなく、確かに「会社として、何が収入の根幹となるのか?」が見えにくい。化学の領域でなくても、幾つかの既存事象の組み合わせで新しいものが生まれることがあるのは確かである。保証はないにしても。
しかし、じっくり見れば、当社のプランは組み合わせの対象が多すぎはしないか? 主題から離れてしまってはいないか? そのために、複雑で判りにくく、実現の阻害要因になっていないか?
子供向けの漫画やアニメの主人公「ガンダム」は、合体することで個々の何倍ものパワーを発揮する。また、昔、鉛筆の先に消しゴムを付けた製品で大儲けをした人もいた。組み合わせ効果、インテグレートの成功例である。ならば、といって、同じフィールドで使われる箒の先に塵取りを付けても、実用性はなく、到底ヒット商品にはなるまい。自分のプランは、箒の先に塵取りを付け、さらに、折り畳みを可能にした、などという、どうでも良い機能や、却って使いにくくする機能のオンパレードになっていないだろうか。ま、駄作と名作は紙一重。悩んでも仕方あるまい。
自分としては、方向として間違っているとは思わない。(それも、問題ではあるが)しかし、周りで判りにくいことがプランの独創性を意味するものでもないのも確かではある。何にしても、これから実効プランへブレイクダウンする過程で、相当な手直しが必要になるだろう。
Wednesday, January 21, 2004
1月20日(火曜日)
進むイラク派遣、進まぬ支援事業
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
昨夜、自衛隊の先遣隊がイラクのサマーワに入り、今日から活動を開始するとのニュースが伝えられた。復興支援とはいえ戦後初の海外派兵。憲法への抵触が危惧されながらも関連法案は速やかに成立し、多くの反対意見があっても自衛隊のイラク派遣が実現する。人道上、イラク国民の困窮を座視できないためか、はたまた対米関係によるものか、石油確保のためか?浅学非才の身には何とも理解ができかねる。
しかし、しかしである。違憲論も多くの反対も、さらに予測される危険さえものともせず、自衛隊の派遣を実現できる政府が、行政が、数万人あるいは予備軍を入れればその数倍は居ると言われるホームレスの救済に、何故もっと速やかに真剣に取り組めないのか。民間で取り組もうとすれば、既存の法が障壁として行く手を遮る。ほんの少しだけ法の運用を緩やかにするだけで、少しだけ各省庁間で協調して事に当たってくれるだけで、ホームレスの救済事業は前進できるのに・・・
ぼやきと苛立ちで始まった一日。今日の空のようにはすっきりしない。
午後、第五プロジェクト『ICタグの活用プラン』の説明と打ち合わせのために渋谷に出向く。第五プロジェクトは、ICタグの新市場を創出しようとするものであるが、その中の一つが大量の単純労働者を必要とすることから、ホームレス自立支援プロジェクトの一つと位置付けている。
当社のプランには幾つかの問題があるが、その最大のものは役所を抜きにしては存在できない点にある。純粋にビジネスの観点に立てば、役所は許認可の申請先でありクライアントでもある。ホームレス支援の立場に立てば、補助や助成の申請先である。これまで役所へのアプローチは、すべて「ホームレスの自立支援プラン」として行ってきた。したがって、もしこのプランで行政側からの支援が決定した場合、クライアントとしての行政側と契約ができなければ、新たな問題を招致するばかりか、すべてが画餅に帰すことになりかねない。
そこで、ビジネスの協力者を求めるため今回の打ち合わせを行ったのである。場合によっては、ホームレスの自立支援に直結しないプランはすべて売却・譲渡してでも、資金作りをしなければなるまい。
今後は、ホームレス自立支援事業として役所と交渉をするだけでなく、役所をクライアントとして、事業に関わる許認可の申請相手としてのアプローチをしなければならない。むしろ、この方が急務であろう。
打ち合わせ終了後、渋谷のホームレスを訪ねる。駅前の日向で、4人のホームレスが酒を酌み交わしている。明るいうちからの飲酒は、支援への意欲を殺ぐばかりか不必要に敵を作りかねない。
道行く人は眉をひそめ、足早に通り過ぎる。渋谷の駅周辺にはホームレスが結構多い。暮らし易い何かがあるのだろうか?見るからに浮浪者風から日雇労働者風、一目見ただけではホームレスとは思えないホームレスまで、ここにはいろいろなタイプのホームレスが牽制しあいながら共存している。新宿や上野、あるいは、川崎などとは異なった、ホームレスの空間がここにはある。
渋谷の最後は友人の会社に寄り、主の不在を良いことに可愛いお嬢さんたちと、たわいもない雑談をして事務所に戻る。いずれにしても、急ぎ取り組むべき新たな課題が判明した。喜ぶべきは、前進の糸口が見えたこと。悲しむべきは、またまた仕事が、作業が増えること。ま、良いか!何とかなるだろう・・・
進むイラク派遣、進まぬ支援事業
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
昨夜、自衛隊の先遣隊がイラクのサマーワに入り、今日から活動を開始するとのニュースが伝えられた。復興支援とはいえ戦後初の海外派兵。憲法への抵触が危惧されながらも関連法案は速やかに成立し、多くの反対意見があっても自衛隊のイラク派遣が実現する。人道上、イラク国民の困窮を座視できないためか、はたまた対米関係によるものか、石油確保のためか?浅学非才の身には何とも理解ができかねる。
しかし、しかしである。違憲論も多くの反対も、さらに予測される危険さえものともせず、自衛隊の派遣を実現できる政府が、行政が、数万人あるいは予備軍を入れればその数倍は居ると言われるホームレスの救済に、何故もっと速やかに真剣に取り組めないのか。民間で取り組もうとすれば、既存の法が障壁として行く手を遮る。ほんの少しだけ法の運用を緩やかにするだけで、少しだけ各省庁間で協調して事に当たってくれるだけで、ホームレスの救済事業は前進できるのに・・・
ぼやきと苛立ちで始まった一日。今日の空のようにはすっきりしない。
午後、第五プロジェクト『ICタグの活用プラン』の説明と打ち合わせのために渋谷に出向く。第五プロジェクトは、ICタグの新市場を創出しようとするものであるが、その中の一つが大量の単純労働者を必要とすることから、ホームレス自立支援プロジェクトの一つと位置付けている。
当社のプランには幾つかの問題があるが、その最大のものは役所を抜きにしては存在できない点にある。純粋にビジネスの観点に立てば、役所は許認可の申請先でありクライアントでもある。ホームレス支援の立場に立てば、補助や助成の申請先である。これまで役所へのアプローチは、すべて「ホームレスの自立支援プラン」として行ってきた。したがって、もしこのプランで行政側からの支援が決定した場合、クライアントとしての行政側と契約ができなければ、新たな問題を招致するばかりか、すべてが画餅に帰すことになりかねない。
そこで、ビジネスの協力者を求めるため今回の打ち合わせを行ったのである。場合によっては、ホームレスの自立支援に直結しないプランはすべて売却・譲渡してでも、資金作りをしなければなるまい。
今後は、ホームレス自立支援事業として役所と交渉をするだけでなく、役所をクライアントとして、事業に関わる許認可の申請相手としてのアプローチをしなければならない。むしろ、この方が急務であろう。
打ち合わせ終了後、渋谷のホームレスを訪ねる。駅前の日向で、4人のホームレスが酒を酌み交わしている。明るいうちからの飲酒は、支援への意欲を殺ぐばかりか不必要に敵を作りかねない。
道行く人は眉をひそめ、足早に通り過ぎる。渋谷の駅周辺にはホームレスが結構多い。暮らし易い何かがあるのだろうか?見るからに浮浪者風から日雇労働者風、一目見ただけではホームレスとは思えないホームレスまで、ここにはいろいろなタイプのホームレスが牽制しあいながら共存している。新宿や上野、あるいは、川崎などとは異なった、ホームレスの空間がここにはある。
渋谷の最後は友人の会社に寄り、主の不在を良いことに可愛いお嬢さんたちと、たわいもない雑談をして事務所に戻る。いずれにしても、急ぎ取り組むべき新たな課題が判明した。喜ぶべきは、前進の糸口が見えたこと。悲しむべきは、またまた仕事が、作業が増えること。ま、良いか!何とかなるだろう・・・
Tuesday, January 20, 2004
1月19日(月曜日)
「中古事務用家具リサイクル・プラン」とは
雨後晴れ、最低気温2度、最高気温8度。
久し振りに雨の中を歩いて事務所に向かう。うー!寒い・・・
今日の予定は来訪者が1件のみ。誰が何と言おうが、どんな誘惑があろうが、表には出ないことに決めよう。
という訳で、一日の大半をプテラネットの第二プロジェクトの見直しに充てる。
第二プロジェクト「中古事務用家具リサイクル・プラン」は、月間約100万個も排出されていると言われる不要となった事務用家具を引き取り、清掃・補修して再度市場に出そうというものである。
その際の作業要員として、ホームレスを含む社会的弱者を採用する計画である。一部で、「何もホームレスを採用しなくても」とか「いくら単純作業とはいえ、ホームレスにできますか?」と、貴重なご意見を頂いた。このプロジェクトのスタート時は、作業不足が深刻な状況にあった受刑者向け刑務作業の対象と考えていた。
問題は、受刑者にできるだろうかであった。その折りにお会いした法務省東京矯正管区の方から、「刑務所をバカにしてはいけませんよ。ここには政治家からヤクザまで、ほとんどすべての職業の人間がいますからね」と言われた。新聞やテレビのニュースを思い起こせば、確かに言われる通りであろう。総理大臣に、医者に、弁護士に、会計士に、税理士に、大学教授に学校教師に、警察官に消防士に自衛官に、はては聖職者までと、確かに一流デパート並の豊富な品揃え。その点から言うなら、元政治家が居るかどうかは判らないが、
調査報告書を見る限り幅広い職業の経験者が居り、ある意味人材には事欠かないだろう。
新しく、ホームレスを正社員として雇用する新会社を設立する予定である。そこには、家具の引き取りや搬送、清掃・補修作業、保管に搬送作業、その他必要となる事務作業と、基本的に単純作業とはいえいろいろな仕事をこなす人間が必要となる。さらに、将来は、廃棄処分対象の事務用家具の最終処理まで行う構想である。
当初は、新会社は第三セクターでと考えたが、第三セクターのほとんだが赤字、という現状から、役所の反応は冷たかった。されば、NPOでと検討をしたが、馴染まないとの結論と、1円でも設立可能との法改正もあって、結局普通の株式会社とすることとした。
最初の関門は作業場の確保。計画では、都内でも数多くあり、今後も相当数発生すると予測される廃校か、鉄道や高速道路の高架下を考えていた。
ところが、各区を回ると共通のはかばかしくない答え。曰く、「廃校は確かにあるが、貴重な区民の財産ですから」、「管理は、既に廃校になったものは管財が、予定のものは教育委員会が行っているので・・・」と、ここでも役所の縦割り堅持の対応。本当にホームレス対策をやる気があるのか?
一方、管財を訪ねると、「貴重な区民の財産なので、現在有効利用を考えている」とか「活用という観点から、それなりの費用負担が必要。とくに民間企業となれば・・・」と、暗に断っていることを匂わせる。
教育委員会はといえば、「廃校とはいえ文部省の補助金で作られているので、教育目的以外
に利用する場合は補助金の一部を返還しなければならない。その額も、場合によっては憶になる」との答え。ここでも暗に、「ホームレス問題はうちの担当することではない」と言いたげな様子がありあり。
廃校が駄目なら高架下があるさ、とばかりにJRを訪ねた。
初めて知ったことだが、JRの高架下を運用しているのは、JR東日本の場合は「株式会社ジェイアール東日本都市開発」という別会社。早速、渋谷にある本社を訪ねてみた。面会して頂いた開発企画部の責任者は、プランの説明を聞くと開口一番、「JRのどの組織も、ホームレスという言葉には敏感で、この言葉の入ったあらゆる事項に拒絶反応を示す」と教えられた。
駅施設の不法利用や一般利用者への迷惑行為、焚き火による電車の運航妨害。言われてみればごもっとも。さらに、最近利用申し込みが多く、山手線、京浜東北線の沿線は既にほとんどが埋まっている。担当は違うが、埼京線や武蔵野線の高架下にはまだ空きがあるかも知れない。それと、高架下だから安いということはありません。という言葉が追い討ちを掛ける。
う〜ん、これでは、中古家具が安売りの新品より高くなりそうな・・・といった事情から、この問題はいまだ解決していない。結局は、何としても廃校を手に入れなければ進まない。
ま、全省庁、全自治体、全関連組織が協力して当たることを明記した法律が効果を発揮することに、僅かな望みを繋ごう。
「中古事務用家具リサイクル・プラン」とは
雨後晴れ、最低気温2度、最高気温8度。
久し振りに雨の中を歩いて事務所に向かう。うー!寒い・・・
今日の予定は来訪者が1件のみ。誰が何と言おうが、どんな誘惑があろうが、表には出ないことに決めよう。
という訳で、一日の大半をプテラネットの第二プロジェクトの見直しに充てる。
第二プロジェクト「中古事務用家具リサイクル・プラン」は、月間約100万個も排出されていると言われる不要となった事務用家具を引き取り、清掃・補修して再度市場に出そうというものである。
その際の作業要員として、ホームレスを含む社会的弱者を採用する計画である。一部で、「何もホームレスを採用しなくても」とか「いくら単純作業とはいえ、ホームレスにできますか?」と、貴重なご意見を頂いた。このプロジェクトのスタート時は、作業不足が深刻な状況にあった受刑者向け刑務作業の対象と考えていた。
問題は、受刑者にできるだろうかであった。その折りにお会いした法務省東京矯正管区の方から、「刑務所をバカにしてはいけませんよ。ここには政治家からヤクザまで、ほとんどすべての職業の人間がいますからね」と言われた。新聞やテレビのニュースを思い起こせば、確かに言われる通りであろう。総理大臣に、医者に、弁護士に、会計士に、税理士に、大学教授に学校教師に、警察官に消防士に自衛官に、はては聖職者までと、確かに一流デパート並の豊富な品揃え。その点から言うなら、元政治家が居るかどうかは判らないが、
調査報告書を見る限り幅広い職業の経験者が居り、ある意味人材には事欠かないだろう。
新しく、ホームレスを正社員として雇用する新会社を設立する予定である。そこには、家具の引き取りや搬送、清掃・補修作業、保管に搬送作業、その他必要となる事務作業と、基本的に単純作業とはいえいろいろな仕事をこなす人間が必要となる。さらに、将来は、廃棄処分対象の事務用家具の最終処理まで行う構想である。
当初は、新会社は第三セクターでと考えたが、第三セクターのほとんだが赤字、という現状から、役所の反応は冷たかった。されば、NPOでと検討をしたが、馴染まないとの結論と、1円でも設立可能との法改正もあって、結局普通の株式会社とすることとした。
最初の関門は作業場の確保。計画では、都内でも数多くあり、今後も相当数発生すると予測される廃校か、鉄道や高速道路の高架下を考えていた。
ところが、各区を回ると共通のはかばかしくない答え。曰く、「廃校は確かにあるが、貴重な区民の財産ですから」、「管理は、既に廃校になったものは管財が、予定のものは教育委員会が行っているので・・・」と、ここでも役所の縦割り堅持の対応。本当にホームレス対策をやる気があるのか?
一方、管財を訪ねると、「貴重な区民の財産なので、現在有効利用を考えている」とか「活用という観点から、それなりの費用負担が必要。とくに民間企業となれば・・・」と、暗に断っていることを匂わせる。
教育委員会はといえば、「廃校とはいえ文部省の補助金で作られているので、教育目的以外
に利用する場合は補助金の一部を返還しなければならない。その額も、場合によっては憶になる」との答え。ここでも暗に、「ホームレス問題はうちの担当することではない」と言いたげな様子がありあり。
廃校が駄目なら高架下があるさ、とばかりにJRを訪ねた。
初めて知ったことだが、JRの高架下を運用しているのは、JR東日本の場合は「株式会社ジェイアール東日本都市開発」という別会社。早速、渋谷にある本社を訪ねてみた。面会して頂いた開発企画部の責任者は、プランの説明を聞くと開口一番、「JRのどの組織も、ホームレスという言葉には敏感で、この言葉の入ったあらゆる事項に拒絶反応を示す」と教えられた。
駅施設の不法利用や一般利用者への迷惑行為、焚き火による電車の運航妨害。言われてみればごもっとも。さらに、最近利用申し込みが多く、山手線、京浜東北線の沿線は既にほとんどが埋まっている。担当は違うが、埼京線や武蔵野線の高架下にはまだ空きがあるかも知れない。それと、高架下だから安いということはありません。という言葉が追い討ちを掛ける。
う〜ん、これでは、中古家具が安売りの新品より高くなりそうな・・・といった事情から、この問題はいまだ解決していない。結局は、何としても廃校を手に入れなければ進まない。
ま、全省庁、全自治体、全関連組織が協力して当たることを明記した法律が効果を発揮することに、僅かな望みを繋ごう。
Monday, January 19, 2004
引き続き、昨日までの日記をまとめて。
1月18日(日曜日)
「ホームレス」という言葉を考える
晴れ、最低気温2度、最高気温9度。
日曜日だというのに、5時過ぎにははや目覚める。外はいまだに立ち去ることを拒絶しているかのような、夜の名残の暗さが残っているというのに。今が1日で一番気温の低い時間。吐く息すら白くする冷気がすべてを包み込んでいる。
歳をとるとともに、朝の目覚めが早くなる気がする。まるで、自分に残された歳月を、起きている時間のみで換算しようとしするかのように!
でも、せっかくの時間、思い込みに急かされて作り上げたプランを見直すことにする。実態に則し、少なくとも、招かざる客とならないように・・・
先ずは、自立を支援しようとしているホームレスとは何なのかを検討する必要がある。「ホームレス」という言葉が、何時から日本で一般に使われだしたのかは定かでない。少なくとも10年前は、アメリカにおける社会現象でしかなかったように思われる。
アメリカでは、1980年代初頭の不況期に、初め大都市圏で、そして、徐々に地方都市においても見られるようになった、住むべき家を待たず、駅や公園、あるいは、道路わきで生活する人たちを総称して「ホームレス」と呼んでいた。アメリカにおいても信頼できる推計は少ないが、1990年代初頭、政府や民間団体の収容施設や食事サービスを受けている人の数字を引用して、全ホームレス人口を56万人から68万人と推計している。
日本においては、アメリカのホームレスに類似する言葉として、乞食、物乞い、物貰い、ホイト、浮浪者、ルンペン、オコモ等々いろいろ使われていた。
しかし、これらの言葉は必ずしも住む家がないことを意味したものではない。
今、日本で一般に認識されているホームレスの概念は、これらをすべて含んだものであり、それが対応を複雑にしている要因の一つであると思われる。つまり、既存の住宅にホームレスを入居させる、ホームレス用の居住施設を建設する、一時収容の施設(シェルター)を作る、就職支援センターを作る等々の計画に対して、周辺の住民は「乞食や浮浪者が大挙して集まる」として拒絶反応を起してしまう。
定住する住居を持っていさえすれば、失業していようが、食うに困っていようが、生活保護を受給していようが、同情されることはあっても排除の対象とされることはない。カタツムリは童謡で歌われるほど親しみを持たれているのに対し、おなじ腹足類柄眼目にありながらナメクジは、嫌われ排除の対処とされるのとどこか似ている。つまり、家を持っているか否かが世の中の判断基準、というのが現実なのである。
差別あるいは平等を欠くと言われるかもしれないが、古典的な路上生活者と不況がもたらしたと推測される新路上生活者とでは、必要とされる自立支援は異なると思われる。ホームレスの名で一括りにしたのでは、実効ある対策は容易ではないだろう。いや、ほとんど不可能なのではあるまいか?
今、ホームレスを公式に定義しているのは、平成14年8月に施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」の第2条である。曰く、「この法律においてホームレスとは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいるものをいう」というものである。
止むを得ないこととはいえ、この定義では異質とも言える二つの対象を含むことになり、10年という期限を設定している時限立法での対処では、成果より行動の結果で満足することにならざるを得ないだろう。
さらに、同特別措置法の第1条に「ホームレスになることを防止するための生活上の支援等」と、ホームレスになる前に支援策を講じることが明記されている。そして、これらを実行するために作られた『ホームレスの自立の支援等に関する基本方針』の「ホームレスとなることを余儀なくされるおそれのある者が多数存在する地域を中心として行われるこれらの者に対する生活上の支援について」という項では、日雇労働者をその対象として記述している。
しかし、この基本方針を策定するために実施した調査の報告書には、ホームレスとなる前の職業における立場は「正社員」と回答した者が半数以上にのぼっているのである。言い換えれば、ハローワークに列をなすホームレス予備軍は対象となっていないのである。
行政のやり方に文句をつける気はないが、当社のプロジェクトの実現に対する行政の支援は期待薄のようだ。これでは、事件にならなければ動けない警察行政と変らない。さて、プロジェクトを行政の方針に合わせて手直しするべきか、独自に進める方向で調整すべきか? うーん、ハムレットの心境・・・などと考えているうちに、何もしない一日が終わってしまった。
1月17日(土曜日)
上野公園にも粉雪が舞う
曇り時々雪、最低気温2度、最高気温5度。
空が白み始めた早朝6時過ぎ、不良中年は朝帰り帰宅。今に雪でも落ちてきそうな重い空が、冷たい空気が、朝帰りの罪悪感を薄めてくれる。仮眠の後、1時からの打ち合わせに間に合うように出かける。外は粉雪が舞っている。傘を持って行くべきか?ま、良いか!どうせ電車の中に忘れるだけか・・・
4時過ぎ高田馬場の会社を辞去するころ、僅かに落ちてくる粉雪が北風をエネルギーにして、むき出しの顔を頭を打つようになった。いよいよ、路上生活者泣かせの季節の到来か?さて、真っ直ぐ帰宅か、それとも上野か新宿にまわってみるか?で、結局、上野に寄り道をする。
上野公園も雪。風が木々の間を通り抜け、冬の音楽を奏で僅かに残された枯葉をもぎ取っていく。街灯に照らされ雪が舞い躍り、光を滲ませ、冷たい空間を演出している。ホームレスの住む公園の一角は静まり返り、人の生活の臭いすら感じさせない。池之端にまわってみる。此方は、不忍池を中心に空間が開けている分だけ風が強い。ブルーのシートが、ばたばたと耳障りな音を立てる。
調査の結果によれば、小生と同じような年齢のホームレスが相当数いるとされる。わずか2時間ほど歩き回っただけで、身体は冷え切ってしまった。多少慣れているとはいえ、中高年のホームレスには過酷な季節であろう。 何時もは過剰と感じる電車の暖房が今は嬉しい。暖かさがさっきまで見て感じた情景を解凍し、心の中に閉じ込めていた無力感をむき出しにする。
来週から、またまたしつこく関系自治体を訪ねてみよう。
1月16日(金曜日)
統計には現れないホームレスも
晴れ、最低気温3度、最高気温7度。
小生が起床するのは、だいたい何時も日の出前。一日でもっとも気温の低い時間帯だ。気合を入れて寝床に別れを告げなければ、半分しか目覚めていない頭がフル回転して、布団から出られない、あるいは、出なくても良い理由を執拗に捜し求める。最悪の折りには、努力に疲れた頭脳が再び眠りの世界に戻ってしまう。何しろ、部屋には暖房器具と名の付く物が何一つ存在していないのだ。
7時少し前、自宅を出て事務所に向かう。歩いて約1時間強の道程。雨さえ降らなければ楽しい時間が持てる。しかし、この数日は自ら楽しさを空想しスタートをしなければ、直ぐ横を走る鉄路の振動と轟音の誘惑に負けそうだ。
今日も寒い北風が、コートとマフラーを纏い暖かげな人間に立腹したのか、執拗に身体にまとわりつく。鼻孔から吸い込まれた冷気が涙腺を刺激し、やたらに涙か滲み出る。北風はさらに、頭を守るべき頭髪が既に数少なくなっていることをも思い出させる。余計なお世話だ。でも、とにかく寒い。
何時もの遊歩道のホームレス氏は、既に出掛けた様子で、主の居ないベンチの上でブルーのシートが風に煽らればたばたと大きな音を立てている。こんな時間から稼ぎに出かけたのか、寒さに耐え兼ねて避寒に行ったのか?
9時、知人の訪問を受ける。彼は、結構名を知られたハイテク関連企業を経営していたが数年前倒産した。その後いろいろとあったらしいが、今は家族と別れて友人の家を転々としているとか。彼のような存在はホームレスとしてカウントされることはあるまい。ただ、似たような境遇にある人は結構いそうだ。
午後は2人の来客と逢ったほかは、ひたすら滞り状況の未処理作業の山に取り組む。夕方、ベルの音が土曜日・日曜日のスケジュールの余白をも埋める。
深夜、ビルの窓から眺める世界は音もなく凍り付いているようだ。明日の朝に掛けて雪が降るとか。
1月15日(木曜日)
生活保護か?年金生活か?
終日晴れ、最低気温2度、最高気温9度。
北の国では冬の嵐とか。東京ではいまだに雪にも氷にお目にかかっていない。ありがたいような、ちょっと寂しいような、複雑な思いが頭をかすめる。
そういえば、10数年前、カナダから来日した友人と久し振りに逢ったとき、ジャケット1枚で現れたのに驚いたことを思い出す。その日の東京の気温は2度か3度。小生はといえば、コートにマフラー、おまけにポケットにホカロンを忍ばせるという完全武装だというのに。本人は、「日本は暖かいねー。出発するとき、トロントはマイナス30度だったよ」と、日本の冬など寒いうちには入らないと言わんばかりだった。寒さも慣れで克服できるのか?
小生も還暦を過ぎたので、取り敢えず社会保険事務所に年金の支給額を確認に行ってみた。結果は、もし60歳から受け取ろうとすれば、基礎年金と務めていた時代の企業年金を併せて、年額120万円弱とか。月にして10万円弱である。
プロジェクトでは、現ホームレスを正社員として雇用し、生活保護や援助に頼らず社会保障のインフラに戻すことも目的としている。しかし、自分の年金査定から推測すれば、彼らを正社員にして年金という制度に組み入れることが、本当の意味で彼らの老後の心配を取り除けるのか。働かないで生活保護という制度に頼れば、月額14万円弱が支給される。今から、そう多くないであろう給与から掛け金を払って、一体幾ら年金が受け取れるのだろうか。結局は、個人のプライドの問題でなのであろうか。生活保護という国の責務の元で生きるか、自らの当然の権利を行使して生きるのか?ま、結論は急ぐまい。
港社会保険事務所からの帰り、一人のホームレスに出会った。持ち物の総てを身にまとい、頭から毛布をかぶり、裸足に鰐皮ならぬワニのようにぱっくりと口の空いた靴を履き、とぼとぼと歩いている。狭い歩道の人の流れが、「十戒」のワンシーンのように二つに割れる。秋口に、着なくなった冬物の衣類を燃えるごみとして捨てたことが頭をよぎる。サイズが合わなくなったから、少し痛んだから、流行遅れになったから、古くなったから、と・・・。不景気だというのにこの放漫さ。
夜、東京駅から京橋、銀座を経て新橋まで歩いてみる。京橋で3名、銀座で1名のホームレスが、リヤカーの下で、あるいは、既に下ろされたシャッターの前で、胎児の如くに身体を丸めて眠っている。
そうだ、仲間に声を掛けて不要な衣類や寝具を集め、彼らの受取りやすい方法で提供することを考えてみよう。何か方法があるだろう。
1月14日(水曜日)
調査報告書の意外な中味
晴れ、最低気温3度、最高気温8度。
風の強い寒い一日が始まる。コートの隙間から寒さが忍び込んでくる。こんな日はできれば事務所で過ごしたい。とはいえ、既にアポイントをとってしまった。
例の通り、芝浦運河の遊歩道のホームレス氏、今朝は既にお出かけの様子。ビニールシートはビバーク体制のまま、布団は丸めてベンチの上。ベンチの横には、発砲スチロールの箱が二つ。どうやら、少しだけ財産が増えたようだ。
午前10時、厚生労働省職業安定局の高齢・障害者雇用対策部企画課対策係の町田事務官に面会。当方の事業の概要資料を渡し、その概略を説明した。依頼しておいた「ホームレスの実態に関する全国調査報告書(平成15年3月)」と「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の資料をいただき辞去した。前任の関口氏同様に良さそうな人ではあったが、どの程度の権限があるのかが気になる。一応、我々のプランを支援してくれそうな外郭団体があれば紹介して欲しい、と依頼をしておいた。
調査報告書の中身にはちょっと驚いた。平成13年9月の調査時の24,090人に対して、今回(平成15年3月)の調査では25,296人とわずかに1,206人しか増えていない。
小生は正式に調査をした訳ではないが、其の数はもっともっと多いような気がする。何より、この調査項目の一つに「今回の路上生活をするようになって(または路上生活の方が多くなってから)、どの位たちますか?」によれば、1年未満と答えた人の比率が何と30.8%。前回の調査から2.5年。単純に推定すれば、7,000人潤オ10,000人近い人がホームレスの生活から抜け出し自立できたのか?
それと、「ホームレスの自立支援等に関する基本方針」の各項目は、「必要がある」「検討する」「重要である」「図る」「配慮する」「努める」で結ばれたものが多い。「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が施行されてから既に1年半が過ぎたというのに、こんな状況で実効ある対策がとれるのだろうか。これで、各自治体は本格的に対策に取り組めるのだろうか。結局は、幾つも箱物が作られ、関連する各組織の人件費で予算の多くが費やされる。そして、知恵を絞ってホームレスの存在を隠し、「やれるだけのことはやった」と胸を張るのか?
明日からは、この「基本方針」を受けて具体的計画を立案し実行する立場にある自治体を訪ねてみよう。この4月から政策は実行に移される。関係する役所の人たちは、今小生が感じているホームレスへの思いを、果たして共有できるのだろうか?
1月18日(日曜日)
「ホームレス」という言葉を考える
晴れ、最低気温2度、最高気温9度。
日曜日だというのに、5時過ぎにははや目覚める。外はいまだに立ち去ることを拒絶しているかのような、夜の名残の暗さが残っているというのに。今が1日で一番気温の低い時間。吐く息すら白くする冷気がすべてを包み込んでいる。
歳をとるとともに、朝の目覚めが早くなる気がする。まるで、自分に残された歳月を、起きている時間のみで換算しようとしするかのように!
でも、せっかくの時間、思い込みに急かされて作り上げたプランを見直すことにする。実態に則し、少なくとも、招かざる客とならないように・・・
先ずは、自立を支援しようとしているホームレスとは何なのかを検討する必要がある。「ホームレス」という言葉が、何時から日本で一般に使われだしたのかは定かでない。少なくとも10年前は、アメリカにおける社会現象でしかなかったように思われる。
アメリカでは、1980年代初頭の不況期に、初め大都市圏で、そして、徐々に地方都市においても見られるようになった、住むべき家を待たず、駅や公園、あるいは、道路わきで生活する人たちを総称して「ホームレス」と呼んでいた。アメリカにおいても信頼できる推計は少ないが、1990年代初頭、政府や民間団体の収容施設や食事サービスを受けている人の数字を引用して、全ホームレス人口を56万人から68万人と推計している。
日本においては、アメリカのホームレスに類似する言葉として、乞食、物乞い、物貰い、ホイト、浮浪者、ルンペン、オコモ等々いろいろ使われていた。
しかし、これらの言葉は必ずしも住む家がないことを意味したものではない。
今、日本で一般に認識されているホームレスの概念は、これらをすべて含んだものであり、それが対応を複雑にしている要因の一つであると思われる。つまり、既存の住宅にホームレスを入居させる、ホームレス用の居住施設を建設する、一時収容の施設(シェルター)を作る、就職支援センターを作る等々の計画に対して、周辺の住民は「乞食や浮浪者が大挙して集まる」として拒絶反応を起してしまう。
定住する住居を持っていさえすれば、失業していようが、食うに困っていようが、生活保護を受給していようが、同情されることはあっても排除の対象とされることはない。カタツムリは童謡で歌われるほど親しみを持たれているのに対し、おなじ腹足類柄眼目にありながらナメクジは、嫌われ排除の対処とされるのとどこか似ている。つまり、家を持っているか否かが世の中の判断基準、というのが現実なのである。
差別あるいは平等を欠くと言われるかもしれないが、古典的な路上生活者と不況がもたらしたと推測される新路上生活者とでは、必要とされる自立支援は異なると思われる。ホームレスの名で一括りにしたのでは、実効ある対策は容易ではないだろう。いや、ほとんど不可能なのではあるまいか?
今、ホームレスを公式に定義しているのは、平成14年8月に施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」の第2条である。曰く、「この法律においてホームレスとは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいるものをいう」というものである。
止むを得ないこととはいえ、この定義では異質とも言える二つの対象を含むことになり、10年という期限を設定している時限立法での対処では、成果より行動の結果で満足することにならざるを得ないだろう。
さらに、同特別措置法の第1条に「ホームレスになることを防止するための生活上の支援等」と、ホームレスになる前に支援策を講じることが明記されている。そして、これらを実行するために作られた『ホームレスの自立の支援等に関する基本方針』の「ホームレスとなることを余儀なくされるおそれのある者が多数存在する地域を中心として行われるこれらの者に対する生活上の支援について」という項では、日雇労働者をその対象として記述している。
しかし、この基本方針を策定するために実施した調査の報告書には、ホームレスとなる前の職業における立場は「正社員」と回答した者が半数以上にのぼっているのである。言い換えれば、ハローワークに列をなすホームレス予備軍は対象となっていないのである。
行政のやり方に文句をつける気はないが、当社のプロジェクトの実現に対する行政の支援は期待薄のようだ。これでは、事件にならなければ動けない警察行政と変らない。さて、プロジェクトを行政の方針に合わせて手直しするべきか、独自に進める方向で調整すべきか? うーん、ハムレットの心境・・・などと考えているうちに、何もしない一日が終わってしまった。
1月17日(土曜日)
上野公園にも粉雪が舞う
曇り時々雪、最低気温2度、最高気温5度。
空が白み始めた早朝6時過ぎ、不良中年は朝帰り帰宅。今に雪でも落ちてきそうな重い空が、冷たい空気が、朝帰りの罪悪感を薄めてくれる。仮眠の後、1時からの打ち合わせに間に合うように出かける。外は粉雪が舞っている。傘を持って行くべきか?ま、良いか!どうせ電車の中に忘れるだけか・・・
4時過ぎ高田馬場の会社を辞去するころ、僅かに落ちてくる粉雪が北風をエネルギーにして、むき出しの顔を頭を打つようになった。いよいよ、路上生活者泣かせの季節の到来か?さて、真っ直ぐ帰宅か、それとも上野か新宿にまわってみるか?で、結局、上野に寄り道をする。
上野公園も雪。風が木々の間を通り抜け、冬の音楽を奏で僅かに残された枯葉をもぎ取っていく。街灯に照らされ雪が舞い躍り、光を滲ませ、冷たい空間を演出している。ホームレスの住む公園の一角は静まり返り、人の生活の臭いすら感じさせない。池之端にまわってみる。此方は、不忍池を中心に空間が開けている分だけ風が強い。ブルーのシートが、ばたばたと耳障りな音を立てる。
調査の結果によれば、小生と同じような年齢のホームレスが相当数いるとされる。わずか2時間ほど歩き回っただけで、身体は冷え切ってしまった。多少慣れているとはいえ、中高年のホームレスには過酷な季節であろう。 何時もは過剰と感じる電車の暖房が今は嬉しい。暖かさがさっきまで見て感じた情景を解凍し、心の中に閉じ込めていた無力感をむき出しにする。
来週から、またまたしつこく関系自治体を訪ねてみよう。
1月16日(金曜日)
統計には現れないホームレスも
晴れ、最低気温3度、最高気温7度。
小生が起床するのは、だいたい何時も日の出前。一日でもっとも気温の低い時間帯だ。気合を入れて寝床に別れを告げなければ、半分しか目覚めていない頭がフル回転して、布団から出られない、あるいは、出なくても良い理由を執拗に捜し求める。最悪の折りには、努力に疲れた頭脳が再び眠りの世界に戻ってしまう。何しろ、部屋には暖房器具と名の付く物が何一つ存在していないのだ。
7時少し前、自宅を出て事務所に向かう。歩いて約1時間強の道程。雨さえ降らなければ楽しい時間が持てる。しかし、この数日は自ら楽しさを空想しスタートをしなければ、直ぐ横を走る鉄路の振動と轟音の誘惑に負けそうだ。
今日も寒い北風が、コートとマフラーを纏い暖かげな人間に立腹したのか、執拗に身体にまとわりつく。鼻孔から吸い込まれた冷気が涙腺を刺激し、やたらに涙か滲み出る。北風はさらに、頭を守るべき頭髪が既に数少なくなっていることをも思い出させる。余計なお世話だ。でも、とにかく寒い。
何時もの遊歩道のホームレス氏は、既に出掛けた様子で、主の居ないベンチの上でブルーのシートが風に煽らればたばたと大きな音を立てている。こんな時間から稼ぎに出かけたのか、寒さに耐え兼ねて避寒に行ったのか?
9時、知人の訪問を受ける。彼は、結構名を知られたハイテク関連企業を経営していたが数年前倒産した。その後いろいろとあったらしいが、今は家族と別れて友人の家を転々としているとか。彼のような存在はホームレスとしてカウントされることはあるまい。ただ、似たような境遇にある人は結構いそうだ。
午後は2人の来客と逢ったほかは、ひたすら滞り状況の未処理作業の山に取り組む。夕方、ベルの音が土曜日・日曜日のスケジュールの余白をも埋める。
深夜、ビルの窓から眺める世界は音もなく凍り付いているようだ。明日の朝に掛けて雪が降るとか。
1月15日(木曜日)
生活保護か?年金生活か?
終日晴れ、最低気温2度、最高気温9度。
北の国では冬の嵐とか。東京ではいまだに雪にも氷にお目にかかっていない。ありがたいような、ちょっと寂しいような、複雑な思いが頭をかすめる。
そういえば、10数年前、カナダから来日した友人と久し振りに逢ったとき、ジャケット1枚で現れたのに驚いたことを思い出す。その日の東京の気温は2度か3度。小生はといえば、コートにマフラー、おまけにポケットにホカロンを忍ばせるという完全武装だというのに。本人は、「日本は暖かいねー。出発するとき、トロントはマイナス30度だったよ」と、日本の冬など寒いうちには入らないと言わんばかりだった。寒さも慣れで克服できるのか?
小生も還暦を過ぎたので、取り敢えず社会保険事務所に年金の支給額を確認に行ってみた。結果は、もし60歳から受け取ろうとすれば、基礎年金と務めていた時代の企業年金を併せて、年額120万円弱とか。月にして10万円弱である。
プロジェクトでは、現ホームレスを正社員として雇用し、生活保護や援助に頼らず社会保障のインフラに戻すことも目的としている。しかし、自分の年金査定から推測すれば、彼らを正社員にして年金という制度に組み入れることが、本当の意味で彼らの老後の心配を取り除けるのか。働かないで生活保護という制度に頼れば、月額14万円弱が支給される。今から、そう多くないであろう給与から掛け金を払って、一体幾ら年金が受け取れるのだろうか。結局は、個人のプライドの問題でなのであろうか。生活保護という国の責務の元で生きるか、自らの当然の権利を行使して生きるのか?ま、結論は急ぐまい。
港社会保険事務所からの帰り、一人のホームレスに出会った。持ち物の総てを身にまとい、頭から毛布をかぶり、裸足に鰐皮ならぬワニのようにぱっくりと口の空いた靴を履き、とぼとぼと歩いている。狭い歩道の人の流れが、「十戒」のワンシーンのように二つに割れる。秋口に、着なくなった冬物の衣類を燃えるごみとして捨てたことが頭をよぎる。サイズが合わなくなったから、少し痛んだから、流行遅れになったから、古くなったから、と・・・。不景気だというのにこの放漫さ。
夜、東京駅から京橋、銀座を経て新橋まで歩いてみる。京橋で3名、銀座で1名のホームレスが、リヤカーの下で、あるいは、既に下ろされたシャッターの前で、胎児の如くに身体を丸めて眠っている。
そうだ、仲間に声を掛けて不要な衣類や寝具を集め、彼らの受取りやすい方法で提供することを考えてみよう。何か方法があるだろう。
1月14日(水曜日)
調査報告書の意外な中味
晴れ、最低気温3度、最高気温8度。
風の強い寒い一日が始まる。コートの隙間から寒さが忍び込んでくる。こんな日はできれば事務所で過ごしたい。とはいえ、既にアポイントをとってしまった。
例の通り、芝浦運河の遊歩道のホームレス氏、今朝は既にお出かけの様子。ビニールシートはビバーク体制のまま、布団は丸めてベンチの上。ベンチの横には、発砲スチロールの箱が二つ。どうやら、少しだけ財産が増えたようだ。
午前10時、厚生労働省職業安定局の高齢・障害者雇用対策部企画課対策係の町田事務官に面会。当方の事業の概要資料を渡し、その概略を説明した。依頼しておいた「ホームレスの実態に関する全国調査報告書(平成15年3月)」と「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」の資料をいただき辞去した。前任の関口氏同様に良さそうな人ではあったが、どの程度の権限があるのかが気になる。一応、我々のプランを支援してくれそうな外郭団体があれば紹介して欲しい、と依頼をしておいた。
調査報告書の中身にはちょっと驚いた。平成13年9月の調査時の24,090人に対して、今回(平成15年3月)の調査では25,296人とわずかに1,206人しか増えていない。
小生は正式に調査をした訳ではないが、其の数はもっともっと多いような気がする。何より、この調査項目の一つに「今回の路上生活をするようになって(または路上生活の方が多くなってから)、どの位たちますか?」によれば、1年未満と答えた人の比率が何と30.8%。前回の調査から2.5年。単純に推定すれば、7,000人潤オ10,000人近い人がホームレスの生活から抜け出し自立できたのか?
それと、「ホームレスの自立支援等に関する基本方針」の各項目は、「必要がある」「検討する」「重要である」「図る」「配慮する」「努める」で結ばれたものが多い。「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が施行されてから既に1年半が過ぎたというのに、こんな状況で実効ある対策がとれるのだろうか。これで、各自治体は本格的に対策に取り組めるのだろうか。結局は、幾つも箱物が作られ、関連する各組織の人件費で予算の多くが費やされる。そして、知恵を絞ってホームレスの存在を隠し、「やれるだけのことはやった」と胸を張るのか?
明日からは、この「基本方針」を受けて具体的計画を立案し実行する立場にある自治体を訪ねてみよう。この4月から政策は実行に移される。関係する役所の人たちは、今小生が感じているホームレスへの思いを、果たして共有できるのだろうか?
いよいよブログ発信の始まりです。
とりあえず、数日分まとめて。
そのうち、きちんとアップできると思います。
1月13日(火曜日)
北国のホームレスは生命の危険に直面
雨後曇り後晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
昨日からの雨も9時過ぎには上り、昼前から暖かい陽光が暖かさを降らせる。風さえなければ快適な1日になりそう。
何時ものように運河沿いの遊歩道を通って事務所に向かう。この場所を住処とするホームレス氏は、ベンチにビニールシートを掛け渡した居宅で、いまだ夢の中の様子。何となく、登山の折りのビバークを思い出させる。多分、彼にそれを楽しむ余裕などないだろうが。
午後、訪ねて来た知人から、昨日のテレビ(多分、日本テレビ)のニュースの中で北海道のホームレスの特集をやっていた、と知らされた。その暮らしは、駅構内でシャッターの締まるまでを過ごし、その後、寒さを凌ぐため市内を歩き回る。そして駅のシャッターが開く頃に再び駅に戻って来る、という行動パターンで過ごしているとか。そのほか、寒さを避ける方法として、夜間はホテルの二重になった扉の間で過ごすそうだ。それでも、凍死した仲間が結構いると話していた、とのことであった。
やはり北国のホームレスは、生命すら失いかねないほどの危険と隣り合わせのようだ。実際にテレビを見ていないので詳しいことは解らないが、現実に凍死者が出ているなら、何故に行政はその対策を取っていないのだろうか?
何れ近い内に直接現地を訪れなければ。
最新のホームレスの実態に関するデータと対策の方向を知りたくて、久し振りに厚生労働省の関口係長に電話をかけたが、既に移動されたとのこと。代わりに電話に出られた町田氏に事情を話したところ、明日10時に逢っていただけるとのアポイントが取れた。
電話の応対から、前任の関口氏同様に期待が持てそうだ。ただ、これまでがそうであったように、期待の裏に潜んでいる落胆が、自らの出番を待っているのでなければ良いのだが!
明日は全国的に冬の嵐が吹き荒れるとの予報。とくに、北海道や日本海側では強風に大雪とか。
北国のホームレスの無事を祈ろう。
1月12日(月曜日)
鎌倉はホームレスには住みつらい街か?
晴れのち小雨、最低気温2度、最高気温7度
寒さの際立つ1日の始まり。夜半から雪との予報。テレビでは、このところ恒例になったかのように成人式での若者の暴走を伝える。そうか、今日は「成人の日」の祝日か。長い間、1月15日が成人の日と身に染みついており、何となく違和感を覚える。若者の暴走は確かに眉をひそめさせるものがあるが、しょせん1日だけのもの。「成人の日」であって「聖人の日」ではない。こぞって目くじらを立てるほどのものでもあるまい。
何より、日本人は、一日クリスチャンとしてクリスマスを楽しみ、一日信者として神社仏閣に初詣に訪れ、教会や神前・仏前で結婚式をあげているではないか。一部の若者が、一日暴走族に変身した程度のことであろうに。なんて、甘やかしてはいけないのかな?
最近、子供の精神的成長が遅くなっていると言われる一方で、少年犯罪増加に対応して、少年扱いをする年齢の引き下げを行うなど、子供と大人の境界が曖昧な時代に、自治体が公費を使って式典を行うのもそろそろ見直す時期なのかもしれない。むしろ憂慮すべきは成人式における遊び半分の若者の暴走より、増加を続けているホームレスやその予備軍とも言える失業者が、何時まで黙って絶えていけるのだろうか、ではないだろうか?
今日は、しばらく訪れていない神奈川方面をぶらついてみよう。この地域に暮らすホームレスは、公園中心の東京都内と異なり、鉄道や道路の高架下を利用するケースが多い。また、河川敷においても、ダンボールとビニールシート製の住居より、本格的?なバラックが多かったが、今はどうなっているのだろうか?
川崎の高架下に住まうホームレスは健在だった。この地域のホームレスは、都内のホームレスにはない活気と生命力を放っている。その根源にあるものが何なのかは判らない。しかし、何かが違うのは確かである。このことは、一律なホームレス対策では彼らを普通の社会に戻すのは難しいことを語っているのかもしれない。
川崎まで出張ったついでに、恒例の鶴亀八幡に初詣で行く。鶴亀八幡は小生が勝手に名付けたもので、逗子の亀ヶ岡八幡宮と鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮のことである。鶴より亀の方が縁起が良さそうなものだが、亀ヶ岡八幡宮は訪れる人もまばらで、静けさが支配する空間のみが存在していた。鶴ヶ丘八幡宮は、成人式の晴れ着姿と、三が日には及びもつかないとはいえ大勢の人出で賑わいを見せていた。
無信心なれど、ホームレスたちがこの冬を無事乗り切れることと、自分に事業を続ける気力が続くことを祈念してお参りを済ませた。ちょっと怪しき空模様のなか、知人とともに中華街へ出向いた。鎌倉周辺もそうであったが、この中華街もホームレスの姿を見かけない。隣の関内駅の周辺には、相当数のホームレスがいるというのに。
精神的なものか、はたまた環境条件なのか、ここには何かホームレスが住みにくくする要因がありそうだ。何れ,調査をしてみたい。
夕方から小雨模様。乾ききった空気に、ほど好いお湿りをもたらす。本当に久し振りの雨だが、路上生活者にとっては温もりを引き剥がす難敵であろうか。せめて雨の時くらいは、軒先に佇むホームレスを追い払わない程度の優しさを望みたい。この気温では、予報通り夜半からは雪になるだろう。何はともあれ,小生もねぐらに急ごう。
1月11日(日曜日)
音も光りも閉じ込めそうな冷気が
東京地方の天候は晴れ。最低気温4度。最高気温9度。
晴れて、からからの毎日。関東地方には今日も引き続いて乾燥注意報が居座っている。風邪には注意しなければ・・・
1週間分の洗濯を済ませ、10時過ぎに事務所へ。やってもやっても仕事は片付かない。賽の河原で石を積む子供か、シジホォスか? と、ぼやきながら未処理の山に取りかかる。このところ、月月火水木金金の生活が続く。こうなることを承知で取り組んだビジネス、泣き言は言うまい。健康で立ち向かえることに感謝して・・
午後から打ち合わせを行い、午後7時に事務所を出る。通りがかりに運河沿いの遊歩道を通ってみたが、何時もの路上生活者が見当たらない。彼の物らしい布団一式はフェンスに掛けたまま。何処でどう過ごしているのだろうか?
近くの公園二ケ所も回ってみる。ダンボールハウスは音も無く静まり、灯かりすら感じられない。休日の夜の公園は、音も光も閉じ込めるような冷気が支配しており、水銀灯の光は闇以上に冷たさを増幅している。う〜ん、調査報告には北の国にもホームレスが居ると記している。東京の冬は北国よりはましか?それでも厳しいことに変わりはない。頑張れ、ホームレス諸君!
連休が明けたら、またまた資金調達に駆け回らねば。景気さえ回復に向かえば解決するのにと思い続けて来たが、政府の無策のせいかなかなか回復に向かいそうにない。最近では、政府の政策が景気の回復を誘導するという考えに疑念すら感じる。何か、停電で機能しなくなった信号機に代わって、交差点で警官が交通整理をしても、誰も警官の指示に従わないような状況に見える。社会が政府を信用しなくなった証か。それとも、もともと政治にその力があると思っていたのが、実は幻想だったのか。
それでも、小生のプロジェクトは、政府の政策と助成措置を期待しなければならない。日ならづして、「特別措置法」に関連する予算の内容が明らかになるだろう。期待はしつつも、何となく結果が見えるような気もする。自らが無意識に玩んでいる心の純粋さ。行き着く先が見えないスリル。
う〜ん、自己満足の世界に足を踏み入れないように心掛けねば!
とりあえず、数日分まとめて。
そのうち、きちんとアップできると思います。
1月13日(火曜日)
北国のホームレスは生命の危険に直面
雨後曇り後晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
昨日からの雨も9時過ぎには上り、昼前から暖かい陽光が暖かさを降らせる。風さえなければ快適な1日になりそう。
何時ものように運河沿いの遊歩道を通って事務所に向かう。この場所を住処とするホームレス氏は、ベンチにビニールシートを掛け渡した居宅で、いまだ夢の中の様子。何となく、登山の折りのビバークを思い出させる。多分、彼にそれを楽しむ余裕などないだろうが。
午後、訪ねて来た知人から、昨日のテレビ(多分、日本テレビ)のニュースの中で北海道のホームレスの特集をやっていた、と知らされた。その暮らしは、駅構内でシャッターの締まるまでを過ごし、その後、寒さを凌ぐため市内を歩き回る。そして駅のシャッターが開く頃に再び駅に戻って来る、という行動パターンで過ごしているとか。そのほか、寒さを避ける方法として、夜間はホテルの二重になった扉の間で過ごすそうだ。それでも、凍死した仲間が結構いると話していた、とのことであった。
やはり北国のホームレスは、生命すら失いかねないほどの危険と隣り合わせのようだ。実際にテレビを見ていないので詳しいことは解らないが、現実に凍死者が出ているなら、何故に行政はその対策を取っていないのだろうか?
何れ近い内に直接現地を訪れなければ。
最新のホームレスの実態に関するデータと対策の方向を知りたくて、久し振りに厚生労働省の関口係長に電話をかけたが、既に移動されたとのこと。代わりに電話に出られた町田氏に事情を話したところ、明日10時に逢っていただけるとのアポイントが取れた。
電話の応対から、前任の関口氏同様に期待が持てそうだ。ただ、これまでがそうであったように、期待の裏に潜んでいる落胆が、自らの出番を待っているのでなければ良いのだが!
明日は全国的に冬の嵐が吹き荒れるとの予報。とくに、北海道や日本海側では強風に大雪とか。
北国のホームレスの無事を祈ろう。
1月12日(月曜日)
鎌倉はホームレスには住みつらい街か?
晴れのち小雨、最低気温2度、最高気温7度
寒さの際立つ1日の始まり。夜半から雪との予報。テレビでは、このところ恒例になったかのように成人式での若者の暴走を伝える。そうか、今日は「成人の日」の祝日か。長い間、1月15日が成人の日と身に染みついており、何となく違和感を覚える。若者の暴走は確かに眉をひそめさせるものがあるが、しょせん1日だけのもの。「成人の日」であって「聖人の日」ではない。こぞって目くじらを立てるほどのものでもあるまい。
何より、日本人は、一日クリスチャンとしてクリスマスを楽しみ、一日信者として神社仏閣に初詣に訪れ、教会や神前・仏前で結婚式をあげているではないか。一部の若者が、一日暴走族に変身した程度のことであろうに。なんて、甘やかしてはいけないのかな?
最近、子供の精神的成長が遅くなっていると言われる一方で、少年犯罪増加に対応して、少年扱いをする年齢の引き下げを行うなど、子供と大人の境界が曖昧な時代に、自治体が公費を使って式典を行うのもそろそろ見直す時期なのかもしれない。むしろ憂慮すべきは成人式における遊び半分の若者の暴走より、増加を続けているホームレスやその予備軍とも言える失業者が、何時まで黙って絶えていけるのだろうか、ではないだろうか?
今日は、しばらく訪れていない神奈川方面をぶらついてみよう。この地域に暮らすホームレスは、公園中心の東京都内と異なり、鉄道や道路の高架下を利用するケースが多い。また、河川敷においても、ダンボールとビニールシート製の住居より、本格的?なバラックが多かったが、今はどうなっているのだろうか?
川崎の高架下に住まうホームレスは健在だった。この地域のホームレスは、都内のホームレスにはない活気と生命力を放っている。その根源にあるものが何なのかは判らない。しかし、何かが違うのは確かである。このことは、一律なホームレス対策では彼らを普通の社会に戻すのは難しいことを語っているのかもしれない。
川崎まで出張ったついでに、恒例の鶴亀八幡に初詣で行く。鶴亀八幡は小生が勝手に名付けたもので、逗子の亀ヶ岡八幡宮と鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮のことである。鶴より亀の方が縁起が良さそうなものだが、亀ヶ岡八幡宮は訪れる人もまばらで、静けさが支配する空間のみが存在していた。鶴ヶ丘八幡宮は、成人式の晴れ着姿と、三が日には及びもつかないとはいえ大勢の人出で賑わいを見せていた。
無信心なれど、ホームレスたちがこの冬を無事乗り切れることと、自分に事業を続ける気力が続くことを祈念してお参りを済ませた。ちょっと怪しき空模様のなか、知人とともに中華街へ出向いた。鎌倉周辺もそうであったが、この中華街もホームレスの姿を見かけない。隣の関内駅の周辺には、相当数のホームレスがいるというのに。
精神的なものか、はたまた環境条件なのか、ここには何かホームレスが住みにくくする要因がありそうだ。何れ,調査をしてみたい。
夕方から小雨模様。乾ききった空気に、ほど好いお湿りをもたらす。本当に久し振りの雨だが、路上生活者にとっては温もりを引き剥がす難敵であろうか。せめて雨の時くらいは、軒先に佇むホームレスを追い払わない程度の優しさを望みたい。この気温では、予報通り夜半からは雪になるだろう。何はともあれ,小生もねぐらに急ごう。
1月11日(日曜日)
音も光りも閉じ込めそうな冷気が
東京地方の天候は晴れ。最低気温4度。最高気温9度。
晴れて、からからの毎日。関東地方には今日も引き続いて乾燥注意報が居座っている。風邪には注意しなければ・・・
1週間分の洗濯を済ませ、10時過ぎに事務所へ。やってもやっても仕事は片付かない。賽の河原で石を積む子供か、シジホォスか? と、ぼやきながら未処理の山に取りかかる。このところ、月月火水木金金の生活が続く。こうなることを承知で取り組んだビジネス、泣き言は言うまい。健康で立ち向かえることに感謝して・・
午後から打ち合わせを行い、午後7時に事務所を出る。通りがかりに運河沿いの遊歩道を通ってみたが、何時もの路上生活者が見当たらない。彼の物らしい布団一式はフェンスに掛けたまま。何処でどう過ごしているのだろうか?
近くの公園二ケ所も回ってみる。ダンボールハウスは音も無く静まり、灯かりすら感じられない。休日の夜の公園は、音も光も閉じ込めるような冷気が支配しており、水銀灯の光は闇以上に冷たさを増幅している。う〜ん、調査報告には北の国にもホームレスが居ると記している。東京の冬は北国よりはましか?それでも厳しいことに変わりはない。頑張れ、ホームレス諸君!
連休が明けたら、またまた資金調達に駆け回らねば。景気さえ回復に向かえば解決するのにと思い続けて来たが、政府の無策のせいかなかなか回復に向かいそうにない。最近では、政府の政策が景気の回復を誘導するという考えに疑念すら感じる。何か、停電で機能しなくなった信号機に代わって、交差点で警官が交通整理をしても、誰も警官の指示に従わないような状況に見える。社会が政府を信用しなくなった証か。それとも、もともと政治にその力があると思っていたのが、実は幻想だったのか。
それでも、小生のプロジェクトは、政府の政策と助成措置を期待しなければならない。日ならづして、「特別措置法」に関連する予算の内容が明らかになるだろう。期待はしつつも、何となく結果が見えるような気もする。自らが無意識に玩んでいる心の純粋さ。行き着く先が見えないスリル。
う〜ん、自己満足の世界に足を踏み入れないように心掛けねば!